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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

社会的生存が困難になるきっかけ

意味もなく生きていた。

1ヶ月ほどの間で徐々に思考力は上がり、行動が伴わない日が続いた。

就労移行も3月までは在宅支援が続き、人が多くいる場所に出向くことが久しぶりだった。

 

気持ちは行きたくない・新年度でなんとなく使命感はある。

 

朝から気分はバラバラだったのだ。

そんな日に事件は起きた。

ちょっとした認知の歪みから故意に他者を困らせる言動をし、対人関係に害が及んでも構わない、あるいはこの程度で害が発生するわけがないと開き直るほどの状態に陥ったのだ。

それで間違いはないと思い込んでいた。

その点に注意を促されてから思考を修正するまでに3〜4時間ほどの時間を要した。

結果として躁転のデータが取れたので良かったことになっている。

 

良かったことになるまでの時間が苦しい。

まず明らかに対人関係に害を及ぼす「黒」としたものを素直に灰色にはできないのだ。

灰色にすること、白にすることが大げさでなく私の存在否定かのように感じる。

徐々に「黒では良くはない現実」をなんとなく認識し始める。

認識したところで、次には黒だと主張したことを撤回することを猫の額ほどのプライドが許さない。

その間に指摘されていることはもっともであるという認識も大きくなる。

「今日は具合が良くないのかもしれない」

精一杯の譲歩で出てくる発想。そこに誠意はまだない。

解せないままで表面上、黒を灰色に塗り替え帰路につく。

そんな時、私自身の全てに意味も価値もないと激しく思い込む。

それは歩いていてそのまま大通りに飛び出しそうなほどの強迫めいた観念だ。

このまま飛び込めば私に対する見せしめになる。そんな風に感じたりする。

たぶんそうしてはいけないと考えられるようになったのは本当に近年の話である。

「病的な躁転」の一部始終をはじめて厳密に自覚したかもしれない。

 

飛び込むこともなく、たまたま自宅にいた親族に連絡をしながら、2本同時にインクが出なくなって困らされた黒いボールペンを新しく3種類購入してふらふらと帰宅した。

 

ある程度落ちついてから注意を促してくださった支援員に感謝の連絡を入れた。

精神科にも毎週通うほど、この頃の気分の移ろいには要注意である。