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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

自殺志願者が35年も生きた意味

私は今日までよく生きてこられたものだと思う。

なんだかもうじゅうぶんだろう、こんな気がするのは初めてな気がする。

何かに絶望でもしたのだろうか。

特に何でもなく普段通りの在宅支援を受けた。

特に何でもなく普段通りに求人検索もした。

特に何でもなく普段通りにタイピング練習をしていた。

特に何でもなく普段通りに報道番組を聞き流していた。

大きな出来事は見当たらない。

だとするならば蓄積になる。

少しずつの何かマイナスなことを発散できていなかったのだろう。

毎日記録をつけても気づかないこともあるのだなあ。

己の能力に万能を求めているとでもいうのだろうか。

そんなことは不可能だ。

不可能だ。

 

ここへきてこの文書のタイトルを打ち込んだ。

理由があって生きてきたわけでもないので

理由もなく惰性で生きて行くしかないのだと思う。

何か、ひとのために命を使えたとしたら価値観が変わるかもしれない。

そのために働きたいのかもしれない。

散々書くことができない志望動機に命レベルの重みを加えたところで、それは病的な戯言に過ぎない。

概ねわかってはいるのだ。

 

35年とは、世の中にはなかなかの発展があったはずだ。

35年とは、何の意味があったのか。

むしろ意味を残して命をまっとうした人間など史上存在するのだろうか。

いまの私にはどれも同じに思える。

10日足らずの高低差にも何も感じない。