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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

心底働きたかったのかもしれない件について

私はおそらく心底働きたい、働いてみたい。

それは過去の罪滅ぼしのような願望だ。

就労継続支援事業所でもそれは可能だった。

しかしできることなら、一般社会に出て日本人の義務の1つを果たしたいと考えていた。

この考え方は福祉支援の考え方に大いに反する。

そのことから、なかなか表立って「就職するぞ!」といったことを言えなかったのだと思う。

 

B型事業所に在籍していた頃の親しい友人で、1年ほど前に家庭の事情で突如として事業所を辞めパートタイム勤務を始めた者がいる。

彼女がそうした時、事情が大変なことは知っていたがそれを排除しても労働できることが羨ましくて仕方がなかった。

同時に福祉支援の中にしか居られないことを否定されたような気がして、対等では居られなくなるような気がして悔しく、悲しかった。

 

社会参加という言葉も知らなかった私が福祉就労を利用して社会的な居場所を得られてから、そこでは多くの「仲間」や「友人」と出会うことになった。彼らとは今なお交流が続くこともある。

「就職」を高らかに叫ぶことは彼らの存在をどこか否定することになるのではないかと恐れていたのだ。

 

ただ、これは私の問題ではないことに気がついた。

私は私の目標を目指してもおそらくバチは当たらないし、周りがどう捉えるかなど人それぞれである。

過去に親しい友人に否定された「ような気がした」のは私の認知の歪みであって、彼女の場合そうするしかなかったのだし彼女との関係性は良好に保たれている。

 

あまりに非人道的な20代を過ごした私はそれらをせめて少しでも補填するべく、もう一度社会に出たい。

ねじ曲がった純粋な願望だと思っている。