にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村

理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

あたたかい世界と冷たい社会

以前に、「障害者の世界と健常者の世界があると感じた」といった見解に違和感を持っていた。

最近になってそれはあながち間違いではないような気がしてきている。

ただし仮にそのように世界が分かれているのならば、障害者は健常者と同じ生活を営んではいけないことになる。世界が違うのだから。

営んでも良いが、陰で悪く言われることに憤慨してはならない。

悪く言われるか言われないかの差異は、労働して賃金を得ているか否かがほぼ全てであろう。

人は働かないものを人として扱わない節があるように私が感じてきたことは事実だ。

最低限度の健康的で文化的な生活というものの捉え方も人それぞれだ。

だから、衝突するのだ。

 

「こころが弱いからうつ病になる」といった間違った正義はいつになっても根強く残り続けていく。

「あなたは明日事故に遭って脚を失うかもしれませんよ」と言ったところで誰が信じるわけでもないし、実際失われても困る。

 「あなたは明日、うつ病になっているかもしれませんよ」と言ったところで間違いではないのにも関わらず信ぴょう性は交通事故以下だ。

 

私が目指すところは一般就労が全てではない。

利用している事業所は一般就労が全てである。

いくつもの事業所を見て回って決めたというのに大きな誤差があった。(誰にも言えない部分の本心では心底働いてみたかったのかもしれない)

比較的レベルの高そうな講座を行なっていたためそこにしただけであって、利用開始時に以前からお世話になっている支援員の方が直々に「正直、就労できなくても構わなく、可能性を広げてほしい」といった旨を事業所職員に伝えてくれたことは心強かったことは鮮明に覚えている。

 

今週、支援員(精神保健福祉士)の担当が変わることとなっている。

正直、とても嫌だ。しかし施設の仕組み上のことらしいため抗えない。

彼女に初めて会ったのは4年弱前で、当時社会との接点がまるでなかった発信もぎこちない私(今なお適切に発信できるとはいいがたいが)に丁寧に接してくださった。

関係性は良好に進み、彼女と会うことは私にとって楽しみの1つとなっていた。

最後の面談で出会った頃の話をしたら彼女は何かを思ってくれるだろうか。

 

障害者の世界とは、とてもあたたかい。ただしあたたかさと生ぬるさは紙一重だ。