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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

他者のせいにしないこと

私が就労のことを具体的に考えている時というのは、どうやら躁状態らしい。少なくともそのように見えるらしい。

言われてみれば、そうかもしれない。

元気がなければはたらくイメージすらなかなか湧いてこないものだ。

 

ここのところ積極的に障害者雇用の求人検索をおこなっている。

希望条件の第一は自宅からの近さ、次に仕事内容、最後は待遇・給与面だ。近ければ近いだけ、よいとしている。

 

仕事内容に着目してしまうことがある。

そうすると、県外へ出ないと仕事はほぼない。

県外へ通勤する理由があるとすれば専門的な分野以外ではあり得ない。

最低賃金が異なろうとも、専門的ではない分野で県外へ、もしかしたら市外へすら出る気はさらさらないのだということが分かってきている。

 

また、未経験でも障害者雇用の多い職種に興味が湧いてきている。

なかなか体力を使う分野である。

それが出来るような、やってみたいような気がしてしまうことがある。

出来るような「気がして」しまうこと、これが最近の悩みかもしれない。

客観的に見てそれらの職種は私には向かないと言われることがある。大変興味深いのにもかかわらず、だ。

 

以前の私であれば「誰々がこういうから、(私の病的な思考に過ぎないのだから)やらない」と思い込ませて保守的になり良くも悪くも挑戦することは決してなかった。

少し違うような「気がして」しまう。

他者の助言のおかけでリスクを伴うことを避けることができてきた。

それはすなわち他者のせいにして自分がやるべきことから逃げてきたと捉えられる。

一般的に見て遅すぎたとしても、私の決断と責任で進んだ方がよい時期に差し掛かっているのではないだろうか。

 

そんな 気がして しまう。