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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

死にたくなくなる薬

これを痛感したのは先々週のことだ。

耐えがたい希死念慮・自殺願望に支配されていた。

会社に行くこと、家事をすること(特に料理)、減塩を考えることなど。

耳鼻科にかかり内リンパ水腫と診断されてから塩分制限が課せられている。

 

様々なストレス要因があった。それに伴う疲れもあったのだろう。

一気に死にたくなっていた私は通勤どころか外に出ること自体もままならない。

町にはいくらでも自傷できるきっかけが転がっているようにしか見えないのだ。

(たとえば車、陸橋、踏切など)

 

そんな日に就労移行へ通勤できそうもない旨を「自殺しそうだ」といった文言を明記した上でメール連絡した。

改めて電話をした際に、支援員は出社を促さなかった。

欠勤連絡を入れたのであれば、あとは好きなことをして過ごすことを提案された。

 

眠くて仕方ないというわけでもない。

ちょうど、一気に見たいアニメがあった。現実逃避には最適だ。

 

そうして本来なら通勤している時間から昼過ぎまでにかけてアニメを見ていた。

 

いつの間にか死にたい気持ちはほとんどなくなっていた。

 

アニメを見ることが薬ではない。たまたまこの時の私はそれをしたかっただけだ。

出社を拒否し、好きなことをする時間を持つ。そして理解ある支援。

 

できれば固定の休日におこなうことが望ましい。

しかし3月末からイレギュラーな事故により自分の時間を作ることができずにいた。

 

ああ、こういったことは本当に、必要なのだ。と、

初めて心底思うことができた。

 

私が常時飲んでいる薬の中に即効性のあるものや頓服薬はない。

薬物療法は大切だ。それと同じくらい大切なことを身をもって知った。

死ぬ気で働かないこと

死ぬことを考える・想像する回数が最近増えている。

考えては、想像してはその行動を耐えることに疲れている。

 

今にも自殺行為に及びそうな状態というとかなり久しぶりのような気もする。

及びそうなだけで及んではいない。

精神科医に自殺行為は禁止されている。それを私は5年以上守っているのだ。これからも、よほど勢いが過ぎない限りは耐えた方がよいのだろうとは思える。

 

踏切を渡る際に遮断機が降りているとなかなか耐え難く心拍数が上がるような気がする。

そういった時、電車でひとはどのように死ぬのか細かく具体的に想像してみることにしている。

 

まずどこが接触するのだろうか。

どのように引きずられるのだろうか。

あるいは飛ばされるのだろうか。

痛みを感じる時間はどのくらいだろうか。

あの車輪に頭が挟まるのだろうか。

手足はどうなるのだろうか。

時速200km以上の物体に接触すれば一瞬だと聞いたことがあるが、到底それには及ばない速度だ。

痛いだろうな。苦しいだろうな。つらいだろうな。

それを目撃してしまうひとたちはどう思うだろうか。

 

そんなことを考えながら電車は過ぎていく。

 

私はかなり普通ではない考え方で生きてきたのだとわかったのはここ数年の話だ。

ここ数年で、30年を塗り替えるにはいたらない。

まだまだこれから上書きしていった方がらくになることは山ほどあるのだろう。

 

どうやら、ひとは死ぬ気で仕事に行くわけではないらしいことを今朝、生まれて初めて知った。

よって欠勤した。

 

仮に本当に死ぬ気で出勤しなくても良いのだとしたら、私は会社へ行くことはもう二度とないかもしれない。

「疲れ知らず」の不自由

「可哀想な高校生」と形容した自らの発信力・発表力の類への謎が解明されつつある。

 

診察にて、主治医との会話の一部。

私:発表とかプレゼンテーションが得意だとずっと思ってたんですけど、実際はそうじゃないのかなって気が付いたんです。(深刻)

医:そうなんだね。私の考えだとね、そういうのはその時によって違ってくると思うんだよね。

私:あ~、成長?していくってことですか?

医:うん~、得意な人だってうまくいかない時もあるし、不得意な人だって練習すればうまくいく時もあるし、繰り返すことによって変わるし。その時その時なんじゃないかな。

私:いえ、先日、試しにわざと発表を控えたんですね。そしたらとてもラクだったんですよ。発表した時は物凄く疲れたというか。

医:そりゃあ、疲れるよ。

私:……え?そうなんですか?

医:そうだよ。

私:ものすごーく遡ると、高校生の頃からずっと発表とかプレゼンしても疲れなかったんですよね、最近ものすごく疲れるんです。だからやめた方がいいのかなと…。(再・超深刻)

医:ああ~、「疲れ知らず」ね。それはハイだったからなんじゃないの?

私:疲れ知らず(!!)え。ええ!?じゃあ、、、発表したら疲れてもいいんですか?

医:そりゃあ~疲れるよ。得意な人だって誰だって疲れると思うよ。

私:そうなんですね~~~。(まぁじかぁあああああああ!!!!)

 

目からうろこと言うにはまだ及ばない部分もある。しかし私の中の「当たり前」はだいたいこのように何気ない会話(元はそのことが焦点ではない会話など)で発見され、くつがえされてきた。

支援機関で発生することが多かったが、今回は診察の場面で世の中の「当たり前」を1つ知った。当たり前過ぎることを言っていてこの内容がない会話の意味、心境を汲み取れるひとは少ないのではないかと思う。

 

発表を無理に控えることは、私もおそらくしなくてよいのだろう。

たぶん、世間一般的な頻度で、世間一般的な度合いで「疲れればいい」のだ。

発症の事実はあれど、自分を変えようとしたこと「自体」が発症のキッカケとは言いがたいのかもしれない。

 

むしろ「疲れ知らず」を体験できたことは割とレアなことでもある。だからといって良かったとは生涯思えそうもない。

今後も私が「当たり前」だと思っていることにおいて―特に不自由に感じる点において―私の中での「レアな発見」として塗り替えられていくのだろうか。

不自由に感じることなどはすぐには浮かばない。

それは「不自由」と叫ぶには私にとってあまりに、「当たり前」過ぎるのだ。

 

主治医は終始ゆったりとした口調で受け答えをするため、私のテンポも控えられる。内心ではまるで大ハプニングに出くわしたかのように右往左往しているのにも関わらず。

可哀想な高校生

元来の私は大変な引っ込み思案だった。

人前で話すことは大の苦手。作文や感想など書けないし思い浮かびもしない。少しでも排他的なことを言われると言い返せずすぐに泣いてしまう。そんな自分を変えたくて高校入学後すぐ演劇部へ入部した。決まったセリフを発することができるようになれば自己発信ができる自分へ繋がると考えたからだ。

 

結果は見事なものだった。

人前で表現発表すること、冗談を言うこと、機転の利いたアドリブで場を繋ぐこと、部員の演技に対して感じたことを述べること。

すべてができるようになった。できるどころではない。それらが快感にすら思えるようになった。

最終的にうまくいかないと思い込んで自殺未遂を犯したのは高校2年の夏休みだ。

 

これをもってして、精神科医曰く躁鬱の発症だったとのことだ。

 

そうなると、躁エピソードを亡くしたい私としては高校時代の惰性でなんとなくプレゼンが得意だと思っていたり、進んで司会進行役をやらなくてはと思ったり、何か面白いことを言わなければといった意味の分からない芸人魂を持ったりすることは少なくしていくことが望ましいのではないだろうかと最近になって思うようになった。

私が抱く私のイメージは幻想なのだ。

 

自分を変えたいと思った純粋な高校生が自分を変えたことにより病気とされるのは結構可哀想だ。しかしそれが世の中の尺度であり、私自身の困りごとに直結している以上、認めざるを得ない。

 

よくよく考えれば、20代前半など学生時代はまだまだ無自覚な躁鬱を繰り返していたのだと思う。自分で言っても空しいが、クラスでは人気者の類にあった。

社会人になった頃の都会は必要以上に輝いて見えたし、間もなく酷い鬱病相に見舞われる。絵に描いたかような躁鬱である。

 

今から引っ込み思案になろうとしてなれるわけでもないし、ひととしての歳月による変化も多少あるだろうことを差し引いて、ある程度おとなしい人間になれればよいのかと思ったり、思わなかったり…

 

以前の主治医の「あるがまま」という言葉がやたらと思い起こされる。

ひとの分別と生きづらさ

近年、世の中には「生きづらさ」が溢れている気がする。

 

これは今までもあったことなのに、声に出せなかっただけのことなのではないかとなんとなく思う。

 

書店へ出向くと「自己肯定感」であったり「HSP」といった帯付きの書籍が平積みで置かれていたりする。それも、1冊や2冊ではない。

働き盛りとされる世代の人間が「自分の中の受け入れがたい何か」にこっそり悩まされているのだ。そういう時代になっている。

 

精神障害発達障害、知的障害などに関して、そうではない状態と線引きをするイメージはまだまだ払拭されない。私は世の中の「あちら側」の住人である。

「あちら側」に行くまいと、人々は必死なのだろう。

 

しかし実際のところ、「こちら側」と「あちら側」に明確な線など存在しない。

曖昧でいいし、曖昧なものだ。加えて障害の種類も細分化されて来ている。これでは「健常者(≒常に健やかな人)」を探す方が難しい。

 

それなのに「あちら側」と思っている。

なぜか。かつて「怠け病」などというレッテルを貼られた印象が抜け切らないことが理由の一つに挙げられることは容易に想像できる。

 

高度経済成長期からバブル経済期の大多数の日本人は怠けている場合ではなかった。

1分1秒を惜しんで働く。子供を産む、育てる。働く時間が長ければ長いほど(実際には中身が伴わないことがあったとしても)褒められる。人間とは褒められたい生き物だ。

いかに充実したプライベートを過ごすかで人間としての格が決まるかのような。この辺りは現代のインスタ文化などと変わらないかもしれない。

 

自ら進んで怠けていると思われたい人間はなかなかの少数派だろうと思う。頑張っている、要領がいい、格好いい。どちらかというと周りからはそんな風に思われたい。

そうすると理想の自分と実存の自分にズレが生じ、自己受容が困難になる。あるがままの自分や自分の変化を受け入れられない。だから生きづらいのだ。

 

それらは現段階では「グレーゾーン」と呼ばれるかもしれない。

ブラックでなければいい、そんな心理もあって当然だ。そうなると「こちら側」、「そちら側」、「あちら側」とでも分けろというのだろうか。

 

書いていてわけが分からなくなってきた。

無理やりにでも「分別」しないと世の中は回らないのだろう。

 

それにしてもごみの分別も適切に出来ない人間が多い世の中でひとがひとの分別など出来るものか、と心の中でこっそり思っておくことにする。

核戦争に現実味を感じた時に

最近の私は平和だった。

平和になったという方が適切かもしれない。

いろいろありつつ生きることを試してみようとしている最中だ。

 

そんな中、世の中は穏やかではない。

私としては人類には早々に滅亡してほしいというゆるい願望がある。

でもそれが今ではなんとなく困る。

しかしどうやら「今」なのだ。

 

かつて考えていたような、「明日生きるか死ぬか」といった状況下に置かれれば精神疾患など完全に排除されるか、当たり前になるだろうと思う部分もある。

実際にそうならないと人類は変わらない。私も変わらない。

 

願っていたことが現実味を帯びて来ているらしい。

実感はないし私がコントロールできることではない。

世の中のせいにすることにはようやく飽きてきたような気がする。

人類が自滅する時まで、私は私を保てるように生きることを試すだけだ。

低め安定を目指す

双極性障害は低めの安定が望ましい。

 

そう言われることは多いし私自身、まったくその通りであると思っている。

しかし具体的にどのようなことを心がけ、どのような取り組みをすれば低めで安定させられるのか、どこにも記事がない。

世の中が全体的に答えを出せずにいるのだろうと思った。

 

先日通院の際たずねた時も、主治医はしばらく考え込んでしまった。

追々考えて行くという提案の下、いくつかのヒントをもらった。

 

・6~7割の力でブレーキをかける意識をすること

・何事も絶好調でやらないこと

・自分より、身近な人の方が高さに気が付きやすいということ

 

なんとも曖昧かつ感覚的で分かりにくかった。しかしその感覚的なものを見極めていくことで見えてくることがあるのだろう。、

 

気分の高さには目に見えるメーターがあるわけではない。

たとえば「今、65%で活動していますよ」といったことを脳が教えてくれれば便利なのに。

1日を起床時・午前・午後・帰宅後・夜に分けて気分の高さを自分の中で感覚的に数値化してグラフを作っていた時期がある。現在の意識を持ってそれを再びおこなえばまた何か見えてくるかもしれないが、あれは私にとっては結構大変な作業だった。

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チェックリスト

これは当時記録していたシートで何を思ったのか昨年の9月半ばで終了している。1年半以上は記録を付けていた。

 

自分の中での基準はよく分からない。

一層客観視できそうなデータを作って行きたいところだ。

 

当たり前が溢れる世界の中で

一般企業で働くことはこの国では当たり前のことなのだろう。

5年以上前の私もそう思っていた。

しかしながら働けず、世界のことも知らなかったため存在することに対して強い劣等感を抱いていた。

実際のところ当たり前とは、そういった傾向が圧倒的に強いということに過ぎない。

 

現在は「働く」がすべてではないと思っている。

そのため働いていることを当たり前だと誇張する表現や、働けないことを卑下したり差別的な表現をするような言動を見聞きするとなんとなくモヤモヤする。

 

自分がどこに立っているのかよく分からない。

半端な場所にいるような気はしている。白黒付けないでいて平気になったのはよいことだ。このままの感覚をなんとなく維持したい。

かたや今は環境に順応しようとすることでなんだかんだ結構精一杯だ。

これが続いていけば、5年の間に私が変わってきたように人間は変わってしまっているのだろう。ただし続いていけば、の話だ。

 

支援機関の過保護な支援の甲斐あって徐々にリズムを掴みつつあった矢先の三連休に思うことは、必ずしも自分の意志で一般企業に就くわけではないし、自分の意思で働けるわけでもないということかもしれない。もちろん例外はある。

「はたらく」場面にいた時にある程度の社会性や協調性が必要になってくることは仕方がない。それが困難な場合に進める道は現代ではいくらでもある。どの道にいても圧倒的多数の人間が苦難を抱えているのだろうとなんとなく思うようになった。

その中でいかに自分の時間や自分の世界を維持できるかなのだろう。

「忙しく」働いていればそれに比例して自分の世界は少なくなるかもしれないが、そういった場合、仕事に自分の世界を見出していくのかもしれない原理を初めて理解した。

理解したところで自分の世界とは何か、私にはまだ縁の遠い話だし、あるいは半端であるこの世界が私には見えていないのだと思う。

 

過保護な支援についてはそこそこ名のある企業の就労移行支援がいわゆる「定着率」とやらの公表のために必要以上に助力することなど珍しくもないのかもしれない。

勤怠が安定しない理由

このところ欠勤が増えた。

10年前の私では考えられないことだ。まずその場にいなければ話にならない。

通勤途中倒れた際に連絡をつけた上司から「今日は来なくていい」と言われた時には「お前は世の中に必要ない」と言われたことと同義だった。

 

しかしながら歳月は流れ、この度は障害者雇用という枠にいる。

周囲は私に気を遣うが、私も必要以上に気を遣って来たのだろう。

もう少しこうしたい。もう少しあんな風にできれば。といった考えはおおむねコミュニケーション不足に直結する。

極端な話、異国の民でもないし違う星からやってきたわけでもないのだ。

私にだって日本語の日常会話くらいはある程度ならできる。

 

ある程度社風に合った礼儀礼節は身についていると思われる。

今後は業務上必要最低限よりもう少しだけ、人々と会話がしたい。

それに気が付くのが少し遅かったことから身体症状が出ている。

ただしこれはB型事業所から就労移行支援事業所に移籍したばかりの頃とほぼ同じ症状であることには成長のなさに悲しい笑いしか出ない。今後数年もしないうちに出社したくなくなる波が4度は訪れることを安易に予期できる。

 

朝、スムーズに動ければなんとかなる日が圧倒的に多いことから、朝の状態に特化したセルフケアを考えるのはどうかと提案してくれたのは今となっては帰りやすい場所となっている就労移行支援事業所のスタッフだ。

休みの日にはそれをなんとなくまとめた。私は自分の病状の考察が嫌いではない。

 

まずは明日も出社することができれば徐々にの自信に繋がっていくかもしれない。

無意義から考える面白さ

ふと、休みの午前中を有意義に過ごしたいと思った。

しかし、有意義って何だろうとすぐに行き詰った。

 

「意味・価値があると考えられること」と出てくる。休みに意味を持たせて過ごそうというのか。我ながら大層なことを考えたものだ。

休息にはそれだけで価値がある。休まなければ生物は存命しないからだ。

おそらく私は休むのではなく活動をしたいとなんとなく思ったのだろう。そこに意味なんておそらくない。何をもって活動とするかも曖昧だ。

 

有意義の反対は「無意義」というらしい。価値のないこと、つまらないこと。

こういったとき何の苦労もなく反対語を検索できる時代はもはや無意義なような気がする。その語句の入力に数秒とかからない。

それをいうのだったら仕事ほど無意義な時間はないと思うのだ。

現段階で私は私の体調を安定させるために行く場所がたまたま職場であると位置付けている。早起きのためにそこそこ早寝をして規則正しく生活するためにたまたま行く場所でしかない。しかも極論その場所でなくても構わない。これは圧倒的に無意義である。

 

有意義な時間の使い方、効率の良い仕事術、できる人がやっているいくつのこと。

世の中、無意義なものが有意義であると見誤っていないだろうか。

 

無意義な日常に意味を持たせるには、「なんとなく面白い」だとか「少しハッピー」だとか、感性的で主観的な部分にゆだねられることになる。

 

今の私は無意義から解放され、ほぼ有意義に休日を満喫しているといえる状態にあるのかもしれない。そう考えると結構おもしろい。