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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

開き直るよりも

何とはなしに、私が死ぬことを具体的に想像している。

楽しかった。私の人生の最後の2年は楽しかった。

それでいいじゃないか。

 

不意に、コピー用紙で指先を切る瞬間の記憶がよみがえることがある。

それだけでひやっとする。そんな程度では死ぬ想像たるや、なんの現実味もない。

 

ヒトが高所から落ちたとしたらどれだけの物音がするのだろうか。

いわく付きの建物になっていくのだろうか。

自らの重要な臓器を間違えることなくためらうことなく包丁で刺すことが出来るのだろうか。

どのくらい痛いのだろうか。

あまりの痛さに途中で力が弱くなり致命傷を与えられないのではないだろうか。

よく調べていた、タオルで首を絞める方法はどうだろうか。

角度が大切らしい、苦しまずに死ぬと書いてあるが、苦しまずに死んだ本人の感想であるわけがない。

昔はタバコの吸い殻をよく飲んだものだ。

やはり、ある程度のタール量を煮詰めなければ効果はないのだろうか。

度々繰り返してきたオーバードーズなど取るに足りない。

減薬前の薬であれば意識不明後に人工透析まではたどり着いていたが、結局は病院に運ばれている。

そもそも大量に錠剤を飲み込むことは割と苦しい。

いずれにせよ周りに人がいないことが大切だ。

 

私は気違いだと言って開き直ることなど実に簡単だ。

開き直って非人道的なことを画策するより、難しい事柄は腐るほどにたくさんある。

開き直って何が悪いのだとさらに開き直ることもまた、あまり面白くはない。

 

ただし、用量の範囲内で気休めの頓服薬を追加し再度眠りに就くまで横隔膜式呼吸を意識することの方が今の私には難しいように思える。