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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

ブレーキのない車

おそらく躁というエネルギーはガソリンにたとえることができる。

アクセルを踏むと発車する。アクセルとは何らかの思考だ。

 

アクセルは踏まれっぱなしで、どんどん加速する。

加速したまま急カーブをこなすことさえ快感に思えてくる。

この車にはブレーキという概念がなければ車線という概念もない。

対向車が現れようとお構い無しに突っ走る。

 

この車にはブレーキ以外にも欠点がある。

燃料メーターが欠損しているのだ。

 

アクセルを踏んでも、踏み続けてもだんだんとスピードが落ちる時がやってくる。

それがいつおとずれるかなど、見当もつかない。

そこに苛立ちが生じる。

ガソリンを入れればよいことは分かるかもしれない。

しかし大方、速度がなくなる時にいる場所は真っ暗な田舎道とでもいうのだろうか、ガソリンスタンドなどよほど見当たらない。

 

人通りのない道で止まった車はしばらく止まったままだ。

このまま動けず餓死するかもしれない、そんな絶望にも包まれる。

 

ある時、車を乗り捨て歩いてみようと思い立つ。

ブレーキのない車に乗っていた時には気づくことさえなかった景色を様々に眺める。

 

そんな時はおそらくいちばん幸せだ。

 

そのまま歩いていればよい。

 

しかしそうはいかないのが、目の前に現れる次の車の魅力だ。

私はあの快感を知っている。どんなに戒めようとも、次の車に乗ることだろう。

 

いつになっても、良品に巡り会うことはない。