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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

バラエティーな存在

今日は病院にいる。いつになく混んでいる。

私が通う精神科は予約制ではない。

悪天候であろうと、処方箋のタイミングの問題のみで大変に混雑する。

それにしても、待合室に座れないほどのことは初めてかもしれない。

 

なんとなく、であるが、今日は騒がしいような気がする。

院内からしばしば大声が聞こえる。

外をゆっくりと、独り言を言いながら歩きまわり、怒鳴り散らしているひともいたりする。

正直怖い。

病質がどうあれ、私にも過去にあった症状だ。

それなのにも関わらず、他人だと鮮明に怖い。

実際のところ私は私への恐怖が取り除けていないのだと思う。

 

これでも精神科通院歴10年にはなろうとしている。

専門的な知識はないが、精神科に縁がない一般の人より理解はあるはずだ。

いちいち視線を向けたりせず、想像する。

 

私には見聞きできない何かがあのひとを襲っているのだろう。

不安感が強いひとが歌っているのだろう。

心身ともに重く動けないほどのひとがやっとで病院まで来て涙しているのだろう。

10年がこんな半端な理解で情けない。

 

 

「(気が)おかしくなる」という表現がある。

近頃たまたま、バラエティー番組で何度か耳にした。とても引っかかった。

一般的に「おかしい」とは、精神を病むことを指しているのだと感じられる。

だからといって精神を病むという状態を軽々しく言葉にしたくはない。

あれらの番組で笑った人が今ここにいたら何を感じるだろう。

 

しかしそれをもって社会は笑いのネタにしているのだから、私たちは深刻さを排除した笑われる人生へ歩み寄るという選択肢も持たなければならないのかもしれない。