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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

彼女のやり方

事業所が集まった法人として、という解釈でよいのか、少しズレているとは思うが、各事業所の活動報告を載せる冊子を年に一部発行しているらしい。

 

利用者の感想を片隅に載せることを企画した女性職員がたまたま、ひとりの男性利用者と私を指名したことがあった。

元にするイベントが手頃にあったためで、おそらく他意はない。

 

その女性職員は私からすると“癒しキャラ”である。

年齢は若く、少し天然っぽさを装っているように感じる時があるがテキパキと業務をこなし、利用者の皆からしたわれているように見て取れる。

私の計画相談等の直接の担当ではないため、個人的な深い話はあまりしたことがない。

 

「このB型事業を利用する切っ掛けとなったこと」という設問に対し、男性利用者はとても言葉を探していた。

彼の話に対しては、私は普段から大変興味深い。

「普通に働くということが分からなかった」といったニュアンスの言葉が彼の口から出た後しばしの沈黙があり、少し重くなった空気を和ませるような、彼の発信にたとえば“寄り添う”ようにおっとりとした口調で女性職員は「普通に働くってね、どんな感じでしょうかね」と合いの手を入れた。

 

「アンタのことだろう」

 

時間にして1秒にも満たない間に私の脳内ではツッコミを入れていた。

薬が変わる前の病状では0.5秒以内に口に出していただろう。

このときの私は端から必要以上のことは発言しないよう心掛けていた。その甲斐あって衝突することなく済んだだけである。

 

しかし内心根に持ち続け、彼女への不信感が生じてしまった。

 

順調に社会人経験と実績を積み、プライベートも充実しているようで、あなたの様な人のことを一般的に公私ともに順調というのではないですか?そんな状態で「普通に働くということが分からない状態」など想像の範疇ででもできるのですか。あなたは何故この道を志したのですか。そもそもが私たちのことを見下していますよね。そこが生きがいなのでしょうか。忙しく仕事ができる状態にある人は立派ですね。

 

問い詰めようとする言葉は尽きない。

 

 

どれだけ精神病患者の相手をするプロであろうと、人間を扱う人間である。

ましてや利用者たちより年齢が下であり、言葉遣いや言い回しの一つ、疾患への知識と認識の違いから気疲れすることも多いに違いない。

あの合いの手は、彼女のやり方の一つだったのだと思うことにするしかないと憤りを抑えている。

彼女は彼女の人生の中で何度も壁に当たり、道を模索しているのだろう。

もしくは彼女たちの仕事とは、普通どころではなくさらに上の業務なのかもしれない。