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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

特別な努力ができるのか

「一般就労」

 

 

この言葉にいくら翻弄されてきたか分からない。

10年遅れた一般的な社会生活を取り戻すためには何が必要か。

並大抵の努力では困難だ、という言葉ですら足りないほどの努力が必要であることは分かりきっていたはずだ。

 

「開示雇用」という言葉も一時は魅力的に感じたりもした。

世の中、嫌な企業ばかりではないという障害者雇用のある会社に勤めるひとの話を聞いたり、就労移行支援の学習会に参加したりする中で幻想を抱いたりもした。

 

今からでも、取り戻せる。

 

そんな根拠のない自信がどこかに満ちていた。

 

しかし考えてもみよう、健康体のひとがたとえば30代前半で新たに福利厚生の整った環境に就けるのか。

転職ならまだしも、社会人経験はほぼない。

 

なかなか絶望的である。

 

精神疾患を持つ30代前半の女の場合など、本来考えるまでもないことである。

身の程をわきまえろという話だ。

移行支援では非開示を目指す方も少なくないという。それが社会の答えだと私は思う。

 

日本社会では暮らしていけないと考えていた時期がある。

だからといって、語学に長けているわけではない。

日本に住まうしかないのだ。

 

いくら努力しても何ともならないこともある、それは10年前に身をもって知った。

努力の方向性が間違っていたのかもしれない。では具体的な方向性とは。

 

社会保障のないパートタイマーとして働くことを目指す。

これも立派な社会貢献だ。

きっと生活が不規則になりがちだ。どう整える。

 

派遣社員

今までに積まなかった社会経験をゼロから始める。

いつ、どのように始められるというのだ。

 

並大抵ではない努力とは具体的にどんな努力だ、答えてみろ。

 

様々に考えを巡らせ、問い詰める。

 

私には、本当に何もないことが鮮明になる。

 

現実味のある社会復帰とは私にとって残酷でしかない。

特別な努力とはおそらく、無理をすることになる。それでは本末転倒だ。