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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

ありのままの禁止事項

約1年間、私自身は鬱状態にあるか、薬で怠さを与え余計なことをしでかさない状態にあることが望ましいと勝手に決めつけていた。

 

そこに第三者から素朴な疑問を投げかけられた。

 

躁状態だと思う時は、発散した方がいいの?抑えた方がいいの?」

 

抑えた方がいいに決まっている。…というのは所詮、私が勝手に決めたことだ。根拠がない。

実際のところどうなのかということに関して、私の中に疑問はなかった。専門医に聞いてみるしかない。

 

 

その専門医は非常に言葉を選んでいた。

「難しいところだ」という言葉がはじめにあり、その後、「人それぞれになる」と言う。

 

私の場合、禁止事項はたったの3つにとどまった。

 

自殺

喧嘩

浪費

 

以上のことがなさそうであれば、“ありのまま”でよいというのだ。

 

私は困惑した。

 

ありのまま。そんな気休めに過ぎないありふれた言葉が専門医から出るとは思わなかった。

何か、ものすごく画期的な発散方法でも発表されるのではないかと、実は内心楽しみであったほどだった。

 

しかしせっかく舞い降りた言葉である、私なりにありのままを考える。

 

私はどちらかというと明るく社交的な性格だ。そのため基本、元気な様子であってよいのだろう。

沢山のひとから存在を認められたいという自尊心を誇示する。

反面、どんな相手にも簡単に頭を下げる。何か問題が起こると、まずは自分に原因があると考える。そのことから自暴自棄になりやすいというところまでたどり着いた。

誰かに認められないことがあれば、それまでの自分のすべてに意味がないと思い、自らに対する怒りに満ち溢れ、それをそれこそ発散することなく呪いや自殺行為に走っては人間関係を壊して逃げる。

 

思い返せば部活動などの時代も、勤めていた頃もそれの繰り返しであった。

人騒がせもはなはだしい迷惑な人間だ。

 

こんなありのままが世間に通るわけがない。

禁止項目の1つ目に「自殺(行為)」があることから制御しなければならないことはおのずと見えてくる。

 

元気があり過ぎると喧嘩をする。これは躁を発症してからであるが、目上のひとに対してもおかまいなしだ。

これでは仕事も長続きするはずがない。

やはり元気さの加減はほどほどにはからなければならない。

 

ストレス発散という言葉はまたありふれている。

私はストレスというものが何ものなのか、自覚したことがない。

無自覚に何かを溜め込み、金銭で発散することは過去ザラにあった。

せっかくの工賃を貯めても、禁煙が何ヶ月続いていようと、浪費癖があっては意味がない。

そこまでの浪費も、近年はなりを潜めている。

 

 

なんだかんだ、禁止事項は的を射ている。

最低限を諭してくださったと表現できよう。

ありのまま、おそらく、今のいい加減なままで、禁止事項を厳守すればトラブルは減っていくと信じたい。