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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

反動に備える

真冬なのにも関わらず、私は安定し過ぎている。

冬は3年に一度は入院していたし、入院せずとも安定していた頃の記憶は相当遠い。

 

ハイテンションというわけでもない、落ち込むわけでもない、何らかの新しい状態、回復傾向にある状態なのだと思った時があった。

そう思う時点で軽くても躁状態なのだと認識するまで、それほど時間はかからなかった。

私は病気、あるいは病的なのだ。それを忘れてはならない。

 

なんだか身体に疲れが一気に出たような感覚で、ほぼ全身に鈍痛がある。

インフルエンザが流行しているが、それらしい症状は見られない。

念のため風邪薬を服用し、大人しくしている。

 

身体が弱るという感覚は私の中で鬱転とは結びつかない。

しかし気分はハッキリとしたままで身体を横たえていると、おのずと過去を省みるものである。

そうすると一瞬、ユウウツな気分であるかのような錯覚を起こす。

 

少しの切っ掛けから、考えを放置する術はほんの少し身について来た。

 

ひとの思考が止まることはたいてい、ないのだ。

そのため考えがなくならないことはごく当然のことである。

 

この言葉だけで私はとてもラクになった。

 

鬱転は錯覚である。

反動が来ることなどは百も承知であるが、たいていの場合、それは突如としてやって来るものだ。

 

身体が痛むわけでもないのに動かない、気分が重く何事にも興味がわかなくなる。これが私に起こる鬱転の兆候だ。

 

今は、身体は痛むが動かせないことはなく、気分は軽やかでやりたいことがたくさんある。

 

安定しているというより躁状態にあるというオチだ。