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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

治すではなく変える

そう考えついたのは元日のことだ。

 

かれこれ2週間以上が経つ。

精神科にかかるようになってから約10年の間で、この発想はなかった。病気、病的な部分を治したいと強く思い続けてきた。

そんな中で、特別に清々しいわけでもない、なんとなくのひらめきであった。

とても気分が軽くなったように感じていた。

 

そのことも踏まえ、ここ1ヶ月の状態を医師に伝えた。

もしかすると、新たな見解をいただけるのではないかと思っていた。

そう思っている時点で、かかりつけの精神科医から見れば程度はどうあれ躁状態なのだろう。

 

現在の私は、生活リズムが安定し、真冬なのにも関わらずあくまで「状態が良い」だけのことらしい。

 

しかし医師の診察自体も、以前に比べれば軽く受け止める、あるいは軽く受け流すようになった。

ああ、そうか。状態が良い、つまりまた悪くなる時がやってくるのか。それはいつなのか。

考えたところで悪くなる時は突如として悪くなる。考えるだけ無駄なことだ。

以前のように深く考察しようとは思わない。

 

これは、とても「いい加減」な状態である。

月並みなたとえでは「良い加減」とでもいうのだろうか。

しかし後者ではなさそうな気がする。

 

近頃の私は私自身に対して極めていい加減である。

 

ほんの1、2ヶ月前に緻密に考えを巡らせていたことが信じがたいほどだ。

きっと、今こうしていい加減であったことが信じがたくなる時が来るのだろう。

そういうことにしておけば、「その時」に少しは安心であると思う。