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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

物語と現実の交錯

死にたい

しかも動ける

 

この類の妄想は今年の間に何度もあった。

 

たとえば私が死んだら、私は英雄になるかのように強く思う。

 

今この刹那、その思いが果てしなく強い。

 

対策として頓服薬を3錠飲んだ。

気だるさと眠気をもよおすものだ。

しかし今夜はいくらでも飲みたい。

意識を失うまで飲み続けたい。

 

 

物語はいい。

どんな人物の心理も醜くも美しくも表現できる。

ただしその人物が真に受け止める感情などその架空の人物にしか分かり得ない。

そこを読み手が「想像」することで物語は分岐する。

 

たとえば私の感情を他人が想像するなら、それは醜いだろうか、美しいだろうか。

 

深く、浮かんだ場面がある。

就労継続支援事業所の職員の方に対し、とても静かな口調でたずねている。

「あなたは外からの刺激がある度に死にたいと思うことはないのですか」と。

 

しかしそこは精神科の診察室でもカウンセリングルームでもないということを把握する。

お門違いな問いかけは虚しく、相手を困惑させるだけだという想像に収まる。

 

私はどうしたいのだろう。

眠らなければならない。

深く、できれば長く、身体が細かく震えているような感覚を無視して、眠りにつかなければならない。