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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

無責任な対話

なんだかいつになく喋り過ぎた。

世間話に過ぎないものの、何事にも気疲れとはあるものだとしみじみ感じる。

実際、半分以上は頭が動いていなかった。

 

そんな中で、私は複数の人間と交流を持っていったほうが良いだろうという提案をいただいた。

軽く受け流してしまったが、ありがたくもあり、ユウウツでもあった。

必要以上の人数のひととは関わりを持ちたくなくなっていることに気付かされた。

それは再び玉砕することを恐れるからであると考えられる。

ひとと深く関わり、新しく友情などを育むことを想像すると、なんだかもうそれだけで死んでしまいたい。

 

人々と関わりを持たなければならないくらいなら、死んでしまいたい。

 

比較的明確な自殺願望のビジョンだ。

 

私は人々と関わりを持つことを切望してきたはずだ。それなのに、やはり気疲れが効いているのだろうか。

 

引きこもっていれば外に出たくなり、外に出ていれば引きこもりたくなる、極端な「無い物ねだり」なのだろう。

同じように、生きていれば死にたくなるのだから、死の想像、および妄想が鮮明になれば生きたくなるはずだ。