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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

私的外出規模

かねてより興味のあった文化的事物の、いわゆる専門店の催事に思い切って赴いた。

 

県外へ出る頻度は相変わらずで真夏に友人と会った時以来かと記憶する。

街は冬の寒さにも関わらず人々で溢れかえっていた。

どうやら体調は悪くはなかったらしく、行き帰りで平均乗車率70%といったところ(主観)の電車にも動じることはなかった。

雑踏のに紛れれば、己の社会的身分など忘れるくらいの心地よさがあったほどだ。

 

工賃は一般の方が耳を疑うほどの額だ。

それを古い財布に入れて"工賃貯金"していた。

その貯金からは友人に会いに行き喫茶店で過ごしたり、近場のヘアサロンへ行ったりしたことがある。

その時には毎週にでも楽しみたい時間を共有したり、一般的に所得があれば毎月にでも受けたくなるようなサービスに陶酔したりした。

 

日用品、消耗品以外は購入しないと決め戒め始めてから約10ヶ月、私は私なりによく耐えたとも思えた。

同じ通りを何往復もし、行き交う人々のトレンドじみたファッションを目の当たりにしながら街並みを眺め、なんとなく好みのような気がする衣服やアクセサリー、テレビで流れているような話題の食べ物などに気を惹かれては衝動を抑えつける。

そして目当ての店で普段なら考えられない、生きるために必要のない雑貨と、大切な友人へのささやかなクリスマスプレゼントを購入をした。

 

たとえるなら、小学生の頃、月数百円の小遣いを貯め続けて大好きだったアイドルのCDアルバムをやっとの思いで買った感覚に似ている。

 

そこからやり直すのだ。

 

数年前にあった衝動買い行為は本当に耐えるようになった。

年金も生活費に当てることが出来ている。(これは当然のことなのだが…)

しかしそれらが出来ていなかったことが事実だ。

誰に謝ればよいのかも分からない後悔にさいなまれることはいつの頃からか激減した。

 

この度の買い物で得たものはその商品の額以上にあったような気がする。

やや誇大妄想があることも否めない。

私は病気、あるいは病的なのだ。

 

普段歩かない距離を歩いたこともよいことだ。

だいたい年に2回くらい、こんなことがあっても悪くないような気がする、ことにしておきたい。