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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

定説被害妄想

今朝、ついに起き上がることができず作業所に欠勤の連絡を入れた。

ここ1ヶ月ほど、不安定期(躁と鬱が混ざっていたらしい)から、当日連絡を入れて休むことが増えていた。

今朝は最大級に動けなかった。

しかし連絡を入れてから数十分も経たないうちに、おそらく被害妄想と称してよいかもしれない症状にみまわれた。

「これだから精神障害者は使えない」と言われる、思われているような気がしてならない。悔しさで泣けてくるほどに程度は強い。

実際の世論の声はそれだ。

そう思われたくないために、継続したいと強く考える。

果たしてこれは被害妄想なのか。

十段階で気分のある場所をたとえるなら、朝が2でその数十分後には7〜8へと変動した。(1が鬱状態に近く、10が躁状態に近いとする。)

今日は本来なら午後の作業参加は予定していない日だ。

それでも、午後だけでも参加すれば少しは被害妄想(現実との壁)を崩せるのではないかと考えた。また、利用者の方々と交流すれば気分は落ち着くのではないかという甘えも抱いた。

反面、過激な発言を控えることが難しいのではないか、また数十分で気分が変わり安定せず帰宅が困難になるのではないかという不安があった。

 

そういった事柄を職員の方に相談した上で参加するか否かを決めようと問い合わせたところ、どうやら今日に限っておいとまがないらしい。

折り返しの連絡も3時間以上待っている。

その間、やはりと表現してよいものか、気分は平坦になった。

どうでもよいのだろうと考える。

職員の方々もお忙しい。

1人の利用者に当てる時間などそう長くは取れない。その上私のものはくだらない妄想と分かりきった現実だけだ。

 

元来、B型支援というものは体調に合わせて利用してよい場所だ。むしろそのための場所である。

精神異常者とされる者の1人がわめいたところで世論は変わらない。