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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

死神など来ない

ここのところ不安定な状態が多々ある。

漠然と虚しいと感じることが多く、しかし単純に暗い気分なのではない。

突発的にいわゆる危険な行動を起こしたくなる。

具体的には赤信号の大通りに飛び込むことだ。

次の瞬間には、それでは致命傷を負う可能性があまり高くないと考える。

次には首を吊る具体的な方法を思い出す。

道を歩きながらその考えに対して涙が浮かぶこともしばしばだ。あまりに矛盾する。

外に出れば、目的地へたどり着けば気分は紛れる。

誤魔化しているとも表現できる。

こういう時は自宅にこもる方がよいのだろうか。決断しかねる。

 

何かの物語のような美しそうな表現をするなら、私は死神を心待ちにしているのだと思う。

 

しかし待っているだけでは死神はなかなかやって来ない。

ことを成そうとするときは得てしてそういうものである、自ら動かなければ状況は変わらない。

 

ひととはそういうものであろうが、私は周りと比べそれ以上に、他者からの評価に何事よりも重きを置く傾向が強いことが最近少し分かってきたような気がする。

評価されない行動に意味はない、評価されない自分に価値はない。

 

今この刹那、私はたった一度の命の終わりをとげたいと切望している。
もういくつか刹那を重ねると、おそらく死ぬことは誰からも評価されない無駄なことであると考えているであろうことがなんとなく想像できる。

 

しかしその刹那を重ねた時が来るまでの刹那が、今の私にはただあまりに長いだけの話だ。