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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

結婚妊娠出産を考える

私は一般的にみて、公私ともに充実すべき20代がまるで抜けている。

同じ年代の人間がこなせること、手に入れられるものごとを私がこなす、手をつけるには、単純計算でも10年は遅くなる。

 

この前提を忘れてしまうことが頻繁にある。

 

私は10年、休んでいただけだ。

何もしないで社会に生かされて来た。

できたらこの先は返していかなければならないと考える。

 

人生に遅すぎることはないという言葉はしばしば耳にする。

実際のところ、どうなのだろう。

 

女性には出産適齢期というものが未だにあると思う。

晩婚化、高齢出産の傾向が強まる中でも、10年の遅れはなかなか厳しい。

医療が進むおかげで高齢出産自体には問題はないだろう。

しかしその後の子育てはどうなるのか。

 

子どもを産み落とすだけ産み落として成人する前に他界することは避けたい。

それは私自身が成熟する前に片親を亡くしたことを深く呪うためだ。

それならばはじめから産まなければいい、つくらなければいい。

 

どうして私を産んだのか、母親に聞いたこともある。

母は堅実で、寛大な生き様をしている。

どうして私のような問題分子に育ちあがってしまったのか、申し訳ない気持ちで支配される。

私の性質はなんらかの隔世遺伝であると信じている。ここで断ち切らなければならない。

 

そもそも“人格”に問題があるがために劇薬にまみれた遺伝子など後世には必要ないのだ。

 

誤解のないよう加筆する。

私は堕胎を経験している。

その当時は躁状態で、それを薬と医者に押さえつけられていた。当時服薬していたものがあまりに妊娠に適さないと、処方されはじめに注意を受けた記憶はないと医者に喧嘩を売り続けた。

話にならなかったことは記すまでもない。

自らを悲劇のヒロインに仕立て上げることなど何をすることより容易であった。

それを発信することにも、同情を煽ることにも陶酔していた。

本当に、気が触れていたのだと考えることが妥当である。

 

パートナーは現在も婚約者として側にある。(3回ほど婚期を見送っている)

彼と家庭をつくることはささやかな、しかし夢という言葉を使うとしたら唯一の私の夢だ。

 

何もかもが邪魔をする。被害妄想発症中だ。

同年代の知り合いが結婚をしようが、妊娠をしようが、出産をしようが、私には10年以上先の話なのだ。

そこを取り立てて妬むなど、勘違いも甚だしい。

 

分かっているはずだ。