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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

元気さの塩梅

診察で、近頃ずっと明らかにテンションが高いことを述べた。

しかしそれを立証する行動が足りなかったらしい。

最終的に一般の範囲内であり、薬を調整して動けなくするほどではないと診断された。

 

これは新しかった。

おそらく「元気である」ことと「テンションが高すぎる」ことは異なるのだ。

イライラするわけでもない、食欲不振なわけでもない、極端な金の使い方をするわけでもない、

睡眠時間が足りない「ような気がする」点以外は病的に躁状態と呼べる症状ではなかった。

日常生活で困っていることというと、深夜3回ほどの中途覚醒と日中注意力が散漫であることくらいで、自転車の運転に対し注意をうながされるくらいにとどまった。

ほとんど笑い話である。

 

私の躁サイクルは3週間から1ヶ月であるらしい。

長年、時には長期の入院で医師が監視してきたため過去においては間違いはないのだろう。

ただし3週間の前に、激しく落ち込んだ強烈な記憶はほぼない。

あっても一過性のものであった。

 

それならば、と、動ける時期にしかできないことをする方が利点が多いだろうという、ここ何ヶ月かの診察で聞く言葉にたどり着いた。

 

私は取り越し苦労が得意になったのだと思うことにした。

また、よくよく考えてみれば診察のたびに問題視してきた強迫症も今回に限りなりをひそめていた。

 

主治医はよく言葉を濁す。

うまくすれば、どうのこうのとおっしゃっていた。

私は私で1か月の出来事と照らし合わせできる範囲で冷静に症状を述べた上で一生懸命に平生を装う。

診察こそ一種の社会であるととらえるからだ。

そこで一般的な振る舞いができればよいだろうと、最後の退院からは考えるようにしている。

 

彼らにとって精神疾患者とは、だいたいがモルモットである。(ただしこの表現はあまり適切ではない)

モルモットの1匹として意見できることなどない。

意思をもたない実験媒体は彼らの経験や知識となる。

 

現在の主治医への「情報源」としては、そろそろ用済みなのかもしれない。