にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ

理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

強迫症めいた禁煙発作

「禁煙セラピー」という本を読んだ。

読むだけで絶対やめられる禁煙セラピー [セラピーシリーズ] (ムックセレクト)

読むだけで絶対やめられる禁煙セラピー [セラピーシリーズ] (ムックセレクト)

 

 

 

そもそも禁煙とは、私がかねてより取り組みたい課題であった。

喫煙習慣は10年以上になる。

その間、はっきりと記憶にある中で2回は本格的な禁煙を試みたことがある。

なんとなく、を含めれば数え切れない。

その都度、期待を裏切らず失敗し、今日に至る。

 

この本にたどり着いた経緯はくだらなすぎるので割愛する。

購入も定価で書店でではない、中古品を通販した。

ただし今は亡き著者は、禁煙セラピストとして世界的に認められるようになったという事実があるのだそうだ。

 

本の内容はとても逆説めいていてくどい部分があった。

文体が気に入らない人も少なくないと思われるため、こんな「幻想」のようなキャッチコピーに「洗脳」される必要はない。

 

しかし、読み進めるうちに私はどこか体験したことがあるような錯覚におちいった。

 

禁煙に対する心構えが、強迫性症状に極めて似ている、あるいはそのものなのだ。

強迫症の刷り込みにより、禁煙を達成している人が世界的に見て多く存在する。

統計学は分かりかねるが、数多くの症例があるようだ。

 

なんとなくであるが、毎日のように今日はどんな風に死のうかと考え続けては死ななければならないような気がしている、それを成した自らが英雄かのように強く思い込む一種の強迫性症状を受け入れよう、受け入れたいという考えになって来ていた私にはこのセラピーはピタリと当てはまった。

 

私は入院中、精神科の看護師たちからは「タバコを吸うくらいで気持ちが落ち着くならいくらでも吸えばいい」と言われ、外来では主治医から「無理にやめることはない」と言われ続け、禁煙外来においては「こんなに薬を飲んでいる人に処方は出来ない」と治療を断られ、その都度それらに甘えて来た。

 

もしかしたら、一部の精神科にかかる人にほど、禁煙は容易いのかもしれない。