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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

損得勘定の向こう側

ひととは原則的に損得で動く。防衛本能とでも表すのだろうか。


個人にとって経済的、時間的、体力的、あるいは精神的に負荷がかかることは本能的に避ける。意識して避けることも多いかもしれない。
これは仕方のないことであるし、自らも例外ではない部分があることを認めなければならない。

 

認めた上で、被害妄想ばかり広げることは賢明ではない。
害を受けるからには、順序がどうあれそれなりに周囲に害を加えている。

 

ごく当然のことを記しているが、これを共有できない他者と遭遇することなどしばしばだ。

 

たとえば、AはBに、一時的にしかし大切なときに受け付けられることもなくなった。
Aはおおいに不服に感じる。

BはAの発信や行動が気に入らず気を病んだ。
BにとってAという存在はストレスの元となるためシャットダウンする。

 

双方が被害者であり加害者であると私は考える。


AとBに信頼関係があった場合、話し合いや討論をするべきだと思う。
ただしそのためには双方が尊重し合う意思を持たなければならない。

 

日本人にはそのことはたいてい困難であることが現実だ。