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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

治りたいのか諦めるのか

指先が動くうちに記事を残す。

 

一般に、躁鬱病双極性障害)とは元気になってはいけない病気だといわれるのだそうだ。
元気な時期に対し必ず反動が来るかららしいが、時期と表現するより時間と表現したいのは私だけだろうか。

 

精神の病気をたとえば「治したい」といった時、何をもって「治る」とするのか、質問返しをされるのだそうだ。もっとも理にかなっている。

 

ひとによって答えは様々だ。
薬を飲まなくなること、病院に通わなくても平気になること、精力的に活動するようになること……

 

私の場合、自らの本来の性格を取り戻したいと考え続けた。
本来の私とはどんなだろう。
性格とはどこにあるのだろう。
様々に考えを巡らせた歳月はそこそこ長く感じられた。


ある時の診察で、一般論に自らの性格を当てはめた時、すこぶるラクになった。

 

心の形成の話であった。

 

心とは平均して18歳頃までに形成されるものであり、その頃の性格を生涯のものとしてよしという考えだ。


その頃までにあった私はといえば、16歳で演劇部に入部したことが切っ掛けで、それまでの内向的な性格からはかけ離れた、とても社交的で表現意欲が一般の高校生よりは長けるような性格になっていた。
17歳の時にはそのことでうまくいかず、自殺企図から初めて精神科にかかっている。
18歳には実父との死別があり、就職活動に遅れをとったりもしたがなんとか働けていた。

 

 

これが私なのだと、諦めることにした。

諦めた途端に、あくまで私の場合、だいぶ治っていたかのような勘違いを起こした。

 

寛解という言葉はよく目にするが、完治という言葉はこの病名には見合わないようだ。


私の場合は薬を飲まなくなることが治ることではないため、薬には頼りたい。
頼ってもじゅうぶんな睡眠時間は得られていない現実もある。
ただの不眠症の女に過ぎない。
しかし不眠とは、就職してから始めにおとずれた身体の変調であった。


時間軸は戻り得ないが、ある視点における何かが戻りつつあるような気がする。

遡って次を予測するならば、激しい躁転が来ることだ。
これを阻止すれば、なんとかなるような気さえしてくる。まさに軽躁だ。


しかしそれが、思春期付近の私であったことが事実である。

私は極めて、元気であった。

 

軽躁病という病名があるのかは知らないが、鬱状態におちいることが極めて短いここ1年ほどで、躁鬱病という診断に疑問を持つ。


諦めることによってラクになった。
そう思える今この刹那、自らの精神状態が軽躁である自覚もある。

諦め方のベクトルが、数年前とは明らかに違ってきている。