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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

死ななくてよかった

死ぬことを壮絶に具体的に想像していた。

それをしなければならないと激しく思い込んだ。

死ぬこと、厳密には死に至る手前はとても苦しい。そこを通りこさなければならないのか、なんて過酷なんだと頭を抱え続けた。

別に、という言葉で片付けるのは壮絶な想像を繰り返した自己に対していささか可哀想である。しかし別に、そんなことをする必要は客観的にありえない。

ありえないのだ。

客観的に否定してもらわないと受け入れることができなかった。

表現を変えると、客観的に否定してくれる人間が近くにいた。

私は今、様子がおかしい。とても変なことを言い出すが、それに歯止めをかけてくれないか。

それを戸惑いながらも受け止めてくれた友人と、私の中の未練がこの度、大袈裟でなくひとつの命を救った。

ほんの半日の間にも、死なないでいてよかったと感じることが多くあった。

私が抱く、死ぬべきだ、死にたいという気持ちはほぼすべてが勘違いに過ぎない。

そのことを今一度冷静に大切に考えなければならない。

ひとりで冷静に冷静でいられるようにならなければならない。

命の安売りほど、他人から見て不快で醜いものはない。

私の場合、抑うつ状態の時より躁状態の時の方が自殺に走る傾向が強い。

近頃はおそらく、とても危ない時期なのだろう。

いくら演じようとも、いくら装おうとも、その本質には病的な気分しかないのだ。

冷静に決断しながら生きなければならない。