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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

倦怠からの出発

6連休あり、絵に描いたかのように生活リズムは狂った。

億劫でたまらないところを、時間にはかろうじて余裕があったため作業所へ出向き、始業前の十数分、利用者の方々と談笑し気分は軽やかになった。

連休明けがこんなにも億劫になることを学生時代を踏まえても経験した記憶がない。

やはり、というのだろうか、著しい躁状態でない限り、休み明けは億劫になりやすいのだということを身をもって知った。

生活リズムを乱さないためだけにも、今の私には福祉「サービス」の場が必要なのだと寛大に考えることにしようと決めた。

 

我々が利用する場には、福祉や看護を学ぶ学生さんが割と頻繁に実習や研修でおとずれる。

今日も女子大生がいらしていた。

おそらく作業時間外には職員の方との話し合いや指導があるのだろう、しかし彼女たちは作業時間には利用者と同じ作業をすることになっているようだ。

私が学生だったことなど一昔以上前の話であるにも関わらず昨日のことかのように感じる節が強いため、緊張している学生さんと話をすることは面白い。

何を話すというわけでもないが、私は積極的に学生さんに話しかける方だと思う。

昔からの性分である、集団の中で誰かが孤立している雰囲気を放置することが出来ない。

おそらくこの辺りがいらない気遣いなのだろうとも考える。

しかしどんな場でも「おせっかいな人」は1人くらいいてもいいのではないかと、自分のことを認めてあげなければなんとなく可哀想だということに最近気付いた。