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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

対象への自意識

「自意識」という言葉は使わずにウェブログを書いてきた。

正直なところ、意味がよく判別できないためである。

 

たとえば「自我の芽生え」というと、幼児が自己を周囲と区別し、自己の存在を認識しだすことだと想像する。

「自意識」となると、もう少し先におとずれる、自己と周囲との差別化をはかることなのではないかと思うことにする。

一般的な意味合いは違う可能性が高いことは承知だ。しかしこの文書において、この言葉をだいたい、こんな意味と置き換えていただきたい。(これだから立派な辞書が欲しいと願い続ける)

 

私には3歳下の弟がいる。

そのため自我の芽生えとほぼ同時に自意識の発達があったように感じる。

親の注意をひきたいという純な感情である。

幼少期はことあるごとに、実弟にいやがらせをしていた記憶がある。

一般によくある現象であろう。ただどちらかというなら、大袈裟だったようには感じられる。

思春期において、私は例外に当てはまることなく「自意識過剰」と表現できる状態に陥っていた。

自分のことが嫌いで仕方がない。

客観的に考察して、勉強が出来なかった方ではない。

運動も、部活動内では最も劣等ではあったが、部活動そのものが優秀であったため、他の追随を許さなかった。

遅刻欠席なし、芸術分野においてもそこそこ活躍していた。

それなのに、自己に対しては劣等感しか抱くことができない。

ある種、現在たまにおとずれる誇大妄想とは真逆の状態にあった。

そんな時に、実弟のことを甚だしく排他していた。

ほぼ同時に考えていたことが、同じ遺伝子によって構築された人格を別だと認識していなかったということである。

私は私のことが大嫌いで、極めて私に近い何かで出来ている弟のことも大嫌い。

性格はまるで違った。しかし存在そのものへの認識がまるでなく、今にして思えばそれは人権侵害の域にも及んでいた。

「自意識」を実弟に当てはめていたのだろうとも思われる。

 

そんなところから、親が子を殺す、子が親を殺すといった事件の背景にある片鱗へ深い共感を覚えてしまうことがしばしばある。

私は先々、万が一にも子どもを生み落すようなことがあれば、間違いなくその人格に「自意識」を当てはめ手にかける。

これは現在の強迫観念かもしれない。

しかしあまりにも鮮明に心理を構築できてしまうため、具体的な切っ掛けそのものを起こさないよう、戒める。

この考えははっきりと間違っている。

間違っているとわかった上で、自分の子どもは自分以外の何ものでもないのだ。

 

近年、実弟との適切な距離はようやく構築されて来たように感じる。

実家を出て10年になる彼は年に2回ほど帰省する。

その10年でようやく、何らかの信頼関係は生じつつあるように感じる。

そうすると、子どもに対する強迫観念めいたものを払拭するためにも最低10年かかるのだろうと、ほとんど他人事のように考える。