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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

苛立ちと憂鬱の間で

明日、休んだら負けだ。

何に負けるのかなどは分からない。とにかく負けである。

尊い金銭は既に私の知らない場所で流れている。後の祭りとはおそらくこのことだ。

ここで勝たなければならない。

何に勝つのかなど見当もつかない。

ただ、存在するからには勝たなければならない。勝ち続けなければならない。

勝つか死ぬか、相手が何かも分からないまま戦うことは到底不利である。

しかしここで引けば、明日、間違いなく鉄橋から飛び降りる気がする。

そんな、気が触れた生き物に慈悲などないし、欲しいとも思わない。

私はようやく変わり始めた。

極めて劣等な生き物が、この国でどう生きながらえるのか。

話はだいぶ飛躍した。

これは一種の誇大妄想であろう。

 

視点を変える。

私は事業所で出会った人たちのことが大好きだ。

毎晩シフト表を見ては、明日は誰に会えるのだとわくわくしている。

ほとんど、学校のようなものだ。

スタッフの方々はおおかた先生にあたる。

個性豊かな生徒を抱え、先生方は日々苦悩もされることだろう。

環境は「ぬるま湯」だと感じた。

しかし何事も継続しなければ意味を持ってはくれない。

刺激が欲しいと思わないことなどない。

しかしどのように想像しても、それは「精神」を蝕むものとなる。

私は勘違いにまみれたマゾヒストだ。