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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

人と人の間

人という字は人と人とが支え合ってできている

 

そんなことは有名なドラマなどでもよくいわれていた。

しかしこれでは不十分だ。

人ではなく、人間であること。人と人の間に存在して初めて支え合うことができる。

「お前らは人なのか、人間になりたいとは思わないのか」

10年以上前、そういった問いかけをされたことがある。

その真意は解らないまま、現在にいたる。

真意を探る術ももはやない。

それが人間であるか人であるかは、ほとんど区別なく使われる言葉だ。

人と人の間に存在するとなると、そこには最低でもヒトが3体必要になる。

自宅療養という名目で堕落する私は完全に人未満であった。

今の私は物理的には人と人の間に存在することもある。

人々との繋がりや共有を深めるべきだということを、あの頃のあの人は伝えたかったのかもしれない。

 

いつの時代も社会では、人は装い騙し隠して生きていると思う。

どこかで人間ではなく人として生きている。

逆に表現すると装い隠すことができなければ社会で生き抜くことはできない。

しかし個人が人間である時間や自覚を増やすことができたとしたら、この国はいくぶん、豊かになるのではないだろうか。