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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

綺麗事では変わらない

清らかな報道がほとんどである。

かといって今更インターネットの「本音」を読みたいとも思わない。

なぜ、ニュースキャスターに身体障害を持つ人はいないのか。

なぜ、芸能人に重度の知的障害を持つ人はいないのか。なかなか公に現れないのか。

なぜ、精神障害を持つ人が社会進出することに対し否定的な世論が強いのか。

個人の意志は大衆の「良識」に流される。

清らかな発信は悪意のない本音によってかき消される。

私が発信する清らかではない事柄もまた、99%は否定的にとらえられていることだろう。

かねてより考えていたことがある。目に見えない障害の在り方だ。

それには身体的な病気や、個人の性格も含まれる。

目視できなければ受け入れることが難しい生き物が人なのだと思う。

だから、感情などという目に見えないものは二の次、三の次になり続ける。

報道されることは綺麗事であることを忘れてはならない。

それらを元に、考えなければならない。

現実と報道は異なることがこの国の常だ。

 

「あの子のことは好きじゃないから一緒に遊ばない」

「あいつの言動には腹が立つから無視しよう」

「あの人とは考えが合わないから仕事を共にするのは苦痛だ」

本来、日常には差別の芽が溢れている。