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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

本能ドア

心、精神が何物なのか、自分なりの定義を見出したい。

一般論ではない、教科書や参考書に載っていることではない、医師が説明する内容ではない、それらではどうも納得が出来ない。

厳密には心と精神も異なる物質かもしれない。

しかしその辺りはあまり気にならない。

 

結論は「心は脳内の何らかの物質がつかさどっている」という何とも面白みのないものになる。

 

前提として、私は目に見えるものごとを重んじる傾向が強い。

仮に、心の内訳として、感情、思考、精神があるとする。

どれも、専門的で高価な器具がなければ数値化されない。あっても極めて曖昧であることも予想される。

心という単語には、「開く」「閉じる」といった表現が付くことが多くある。

「心を開く」というと積極的な様子を表し、「心を閉ざす」というと消極的な様子が想像される。

では、開閉する分かりやすい物体は何か。

今、1つ挙げるなら「扉」だ。

扉にも様々なものがある。

「自動ドア」など日常に大層普及している。

心が自動的に開閉するとなると、なんとなく目に見えない脳内物質が自動的、あるいは本能的に作動するというように思えてくる。

だから何だと問われれば、それまででしかない半端な「思考」に過ぎなかった。