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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

対人輪廻

また考えている。

私は、過去に私をさげすんだ人たちを強く憎んでいる。

憎み続けている。

その思考を無視することができない。

反して彼らの中ではキッチリと、私の存在など遠い過去のものになっていることに腹が立つ。

連絡先などはこちらからもかなり前に抹消したものの、怨みは残り続ける。

あの頃は楽しかった、などとは到底ならない。

どうなれば、おもしろいのか。

ひとえに、彼らに不幸になっていただきたい。

過去の携帯電話などのデータ、また、破棄していない郵便物などからその方々の個人情報は得ようとすれば得られる。

特定の人物に対して特定の殺意を抱き続けること、これは罪になるのだろうか。

出来れば生きながら苦しんでいただきたいため、本人に直接危害は与えない。

どのように苦しんでいただくか考える。

考え続けてしまう。

そのうちに、実行しそうな気がして怖いのだ。

 

私は私の人生、あるいは親族の人生を軽んじている自覚がある。

私が犯罪者になったところで何も困ることはない。

精神鑑定などいらない。弁護もいらない。

人が人を傷つけてはいけない決まりがあることは知っている。

その決まりを破れば、つぐなわなければならないことも知っている。

知っている上で、遂行したいと考え続ける。

犯罪以外の何でもない。

過去を過去だと感じることが出来るようになれば、おそらくは、このようなバカげた、くだらないとされる感情に負かされることも少なくなって行くと思いたい。

では、どうすれば過去を過去にすることができるのだろうか。

まったく見当がつかない。

どれだけ忘れようとも、彼らは私の中に根強く存在しているのだろう。

 

私は、過去の私と交流を持っていた人たちのことが大好きだ。

何処かで復縁を望み続けている。

その願望を諦めることができない。

彼らの中で私はキッチリと「精神異常者」として扱われ排除されたのだという事実が悲しい。

それまで以上に負担をかけてはならないと自ら連絡先を抹消したことを後悔し続けている。

あの頃は楽しかった、それだけのことでよいのだ。

どうすれば、それだけのことになるのか。

ひとえに、彼らに精神疾患への誤解めいたものを与えてしまったことを懺悔したい。

過去の携帯電話などのデータ、破棄していない郵便物などからその方々の個人情報はある程度知り得る。

私が傷付けた特定の個人に対して今更どんな顔をして弁明するか、これが大きな課題となる。

出来れば過去のあれこれは病状だったのだということを真に知ったうえで受け入れてもらいたい。

どのように説明するか考える。

考え続けても、たとえば表面上納得をいただいたところでひどく虚しい気がしてならない。

そのうちに、実行する気力など失せるのだ。

 

私は私の人生において、対人関係はうまくやってきた方だと自負している。

だから過去にすがるのだろう。

精神疾患への偏見がなくならないことは仕方がない。

離れて行く友人があることは当然のことだ。

ましてや付き合いが長ければ長かった友人ほど、私から離れたくなる心理も何となく読める。

自信過剰であること以外の何でもない。

過去を過去だと感じることが出来るようになれば、おそらくは、このような堂々巡りから抜け出せると思い込みたい。

では、どうすれば過去を過去にすることができるのだろうか。
まったく見当がつかない。
どれだけ忘れようとも、彼らは私の中に根強く存在し続けるのだろう。

まだ、考えている。