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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

陰口の善意

インターネットは嫌いだと過去に記した。

それでも、百科事典を引きに図書館へ足を運ぶより、パソコンやスマートフォンで検索をする方が一般的だ。

 

先ほど、不意に、生きたままの臓器提供が可能であれば何らかの行動を起こしたいと思いついた。

前提として臓器提供カードなるものは十何年も前から財布に入れ続け、親族の同意、署名ももらっている。定期的に確認もしている。

それでもテキパキと、指先は動いた。

 

諸説あるものの、海外では生きたままで眼球や他の「臓物」を移植手術に使うということが横行されているらしい。

また、国内でも闇とされる世界に入れば臓器売買など日常にあるとのことだ。

なかなか興味深い。

それらの入り口を探ることもまた、インターネットを利用する他にない。

これも既に一般的な話だが、より信憑性の高い情報を探し当てなければならない点が弊害だ。

 

ついでだったので「精神障害者  死ぬべき」という検索も実行した。

どうやらそういった精神状態にあった。

少しの時間で、あらゆる視点からの「真意」を読むことが出来た気がした。

おおまかに、死ぬ想像をする私の背中を勢いよく押してくださる文書や、気分を逆なでされるような表現が多くあった。

そうすると、不思議といくらか気分が安定したような気がした。

おそらく少しだけ、自らを客観視することができたのかもしれない。

 

このウェブログも含む、匿名のインターネットには一般的に責任能力がないとされているように感じる。

事件を起こす具体的な予告などを書くだけで警察沙汰になることは、表面化している件は少ないだろう。

しかしここにこそ、真意、本音があり余っていると、私は確信する。

面と向かって当人には言えない事柄を、堂々と吐き出しているのだ。

意見者の本心に他ならない。

現代の日本に、面と向かって本心を明かしてくれる人種がどれだけいるだろう。

インターネットが普及するより以前、私は陰口というものが嫌いであった。

歳月が経つにつれ、それを否定することに疲れた。

この文書も立派な陰口であることにもはや負担もなく麻痺している。

 

インターネットは嫌いだ。

ただ、やはりとてつもなく便利な本音が置いてある場所である。