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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

病的な性格の境界

学生時代のアルバイト仲間と久しぶりに集まる機会があった。

とても環境の良い勤め先で、それぞれが違う職場や家庭に進んでから10年以上経つにも関わらずスマートフォンの普及で近年連絡を取り合うようになった。

私自身、そこのアルバイト先には高校時代から断続的に7年ほどお世話になった。

この集いは約2年ぶり、3回目となった。

私にとって数少ない大切な友人たちである。

 

高校当時の時点で私の性格性質は破天荒、活発、多弁といった、現在の躁状態に近い状態にあった。

それは演劇部で完全に「形成されたもの」だと以前は考えていた。

このところ、元来持ち合わせる性格性質について考えを巡らせていた。

幼少の頃より、我を張る部分はあったものの、基本的には「おとなしい」と言われることが多く、自ら発信することは少なかった。

そういった点から、高校時代に発病の切っ掛けがあった可能性を否定できない。

 

私はおそらく、元来の性質を取り戻したいとしている。

しかしその元来が、どこまで遡れば良いのか分からない。

最後の退院からは、とにかく自分の言葉を控えるよう心がけていた。

そのためか、元アルバイト仲間は「優しくなった」という印象を持ったらしい。

なぜそう見えたのか、うまく説明することがこの機会には出来なかった。

包み隠すこともない間柄であるため、次の機会があればゆっくりと打ち明け、助言などもらえればと目論む。

 

「自分(の本質?)とは自分で創るものだ」といった偉大な言葉が大昔からユダヤの言葉にあるが、私の場合はおそらく創る以前の問題だ。

そこまで考えずとも、環境によって性格は変わるととらえればよいだけかもしれない。

そうだとすれば、私は順応性に長けているという表現ができるが、実際のところそんなことはないため困る。

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