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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

喫煙と双極性障害

今更告白すると、私は喫煙者だ。

1日に平均1箱(20本)ほど、デザイン事務所に勤めていた頃から10年以上にわたり習慣、依存になっている。

主治医から「無理にやめることはない」と過去二、三度言われたことがある。

入院中など、看護師から「タバコを吸うくらいで気持ちが落ち着くならばいくらでも吸えばいい」とすら言われたりもした。

そこに医学的な根拠があるのかないのかは知らない。

しかし自分にとって都合のよい助言(?)なので甘え続けている。

経済的に自立していない状態で現代における高級嗜好品をやめられないことが、他の生活費以外での出費を極端に控えようとする裏付けとなっている。

 

経済的理由から禁煙したいという希望はあるらしく、禁煙外来というものに頼ろうとしたことがあった。

その際には、精神科の薬をこんなに飲んでいる人に禁煙薬は処方出来ないと断られた。

 

「鉄の意志」がないため、ダラダラと禁煙とは程遠い生活をしている。

インターネットの情報に踊らされることにはうんざりする。

このところは1日にどのくらいの頻度でタバコを吸うのか記録して、金銭的に大層残酷な結果を見て落ち込んでいる。

禁煙が可能になれば、いくらか自由に金銭を使わせていただいても許されるかもしれない。

ただし誰が許すのかなど、ほとんど決まってはいない。

いわゆる自己満足に近いものだ。

 

身体的健康面からの考察はまったくと書いてよいほどない。

平均寿命が短かろうが、肺気腫だの、がんだのと診断されようがタバコをやめられない自信がある(ある意味「鉄の意志」)。

すべては目先の「カネ」だ。

 

自殺未遂に煮詰めたタバコを利用したこともある。

残念ながら願いは叶わず、現在こうして浪費を続ける。

昔の友人に「死にたければタバコを食べればいい」と言われたことを思い出したことがその際の未遂の切っ掛けである。

「仕事」の不満足度に、かなり追い詰められていたため本気にしていた。

 

ここまで来て、他者に「言われた」ことを言い訳にタバコに依存する自分が見えてきたような気がする。

記録を付けることによって金銭面での罪悪感も増してきている。

やめるか。やめられるのか。

だんだん自分に苛ついてきた。

 

そうしてまたタバコに火をつけるのだろう。

考えないことが得策かもしれない。

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