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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

1986年生まれ。 2002年、精神科受診を余儀なくされる。 2008年、精神科閉鎖病棟入院(病名不明)。 2011年、躁うつ病と暫定。 2017年までの約10年間入退院を繰り返す。

久しぶりのノート

1日欠けたものの、なんとなく毎日ブログを打ち込んできた。

3日ほど何も書かず、メモも取らず絵を描いて過ごし、なんとなくラクだった。

なんとなくだ。

入院中、日々、ノートに体調や考えたことをメモしていた。

その日によって文の質も量も異なる。

そのノートを切っ掛けに、ブログをやってみようと思った。

外界にはモノが多すぎる。

院内では興味が新聞からの情報とノートとボールペンにしかなかった。

 

どんな時でも、どんな場所でも、衣食住が出来る人が一番強いと読んだことがある。

そうだとすると世間で最も強い人物は専業主婦になるだろう。

現代における最低限の文化的生活、衣食住とは具体的に何なのだろう。

 

衣…朝夕の更衣、洗濯

食…食料調達から調理、片付け

住…規則正しい生活、整理整頓

 

文字にするとあまりに味気がない「生」だ。

ここに金銭や野望が関係してくるから面倒くさい。

生まれながらにして、生物に平等などはあり得ない。

それは個性と呼ばれることもある。

 

一昔ほど前から、「オンリーワン」と言う言葉が流行っているように感じる。

虫酸が走る。

何故なのか適格な言葉が浮かばないものの、私はこの言葉が好きではない。

ちょうど、ゆとり教育の頃だったのだろうか。

時代は詰め込み教育に変わろうとしている。

先日ニュース番組で聞いたところによると、小学生の道徳科目に評価が付くようになるとのことだった。

授業内容は討論のようなものにもなっていくとのことで、大いに賛成だ。

なにごとも、闘って勝たなければならない。

私の場合、勝者にも生きる道はないらしく学生時代に「夢」と掲げたものは「過労死」だった。

それすら叶わない。

死にすら値しない人材であるととらえた。

 

話題がまとまらない。

こういった事柄をメモしていたのだ。

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