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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

1986年生まれ。 2002年、精神科受診を余儀なくされる。 2008年、精神科閉鎖病棟入院(病名不明)。 2011年、躁うつ病と暫定。 2017年までの約10年間入退院を繰り返す。

作られた正常

ユウウツ 病状の考察

昨日からやたらと頻繁に過去のことが浮上する。

悔いることしかない。

あまりにも醜い。

激しく躁転した頃のことを切実に忘れ去りたい。

だいたい、24〜25歳頃だったと思う。

 

「思う」、「だろう」という言葉が嫌いだった。

何もかも断定でなければ気が済まない。

都合が悪くなると開き直り、0か100で動く。

自分を中心に地球を回すと豪語する。

自分の人生は自分のものだと、社会的な身分からは相応しくない発言を繰り返す。(当時はパートアルバイト)

一度目の婚期を逃す。

やたらと怒りっぽく喧嘩早くなり、他人はうんざりしていたようだ。

警察沙汰になることも起こしたりした。

食べなくても、眠らなくても壮絶に動けるため体重は半年で15kg以上減った。

平均体重より10kg弱少ないくらいで、現代の兆候からするとちょうどよかったのかもしれないが、減り方が異常だと言われ総合病院で様々な科の診察を受けた。

身体に異常はまったくなく、その頃通っていた精神科の主治医と「対等」だと思い込むほどに気が触れていた。

 

神経が研ぎ澄まされていた、と書くとあまりに響きが良い。

しかし、そんな状態だった。

 

ずっとそのままだったなら、まだよかったのかもしれない。

異常な時は異常なこと自体に気が付かないものだ。

こう書くと、現在も異常なのだろうなと不安になる。

では、正常とは何か。

誰かが、それぞれの特化した分野において、基準の数値、評価等と照らし合わせ、それが一定の範囲内であると判断すれば正常とされるのだろう。

 

そうした時、現代の我が国の正常とは激しく狂っているのではないかと考える。

評価、評判、世間体、流行、すべて偏見が作る価値観だ。

 

なんだか、くたびれた。

 

この国は私には大変生きづらい。

 

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