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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

社会という呪い

先月だろうか、新聞で「呪い」は罪になるのかという問題が取り上げられていた。
結論から書くと、呪う行為そのものは罪に問えないが、それを元に対象の人物を脅したりすると罪になるのだという。
これは由々しき事態だ。
なぜならば私も出来ることなら他人を呪い苦しめたいと考えたことがあるからだ。

 

一昔以上前から「呪い代行」や「呪いのわら人形キット通販」なるものが横行しているらしい。
人々は怒りのやり場がなくなると呪いに走る傾向があるという。

 

ある一定の友情等が途切れた時、それが凄まじい憎悪に転じることがたびたびある。
これは一般的なのかもしれないが、私の場合、とても極端なのだ。

 

しかしながら他人を強く嫌うことにはそこそこの労力が必要で疲れるものだ。
最も酷い仕打ちは「無視」である。
その人がその空間に存在しないことにする。
学校で問題になり続ける「いじめ」の最上級がこれで、からかわれ、物理的被害を受けているうちは華だと中学時代に教論が話していた。
ごもっともなご意見だと思う。

 

今では行動を起こそうとしてまでヒトを嫌うことはなくなった。

とても軽視している。

 

これから社会に出たいところ、たくさんの嫌味を言われたり陰口を叩かれたりすることは承知の上だ。
いざ、その場面に直面した時、いかに処理できるか。

 

私は自分が誰よりも打たれ弱いことを知っている。

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