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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

はたらくということ

平日の生活に慣れてきたかと思ったら週末。

通常生活(というものがそもそもどんなものかもはや分からない)になるまではまだまだ時間がかかりそうだ。

 

非日常に感じた入院生活も恋しくもなる。

今に比べるとだいぶ不自由だった。

その分、小さなことで気持ちが穏やかになったり、逆も然りだった。

目下、入院しないことが目標であるからなんとかやっていかなければならない。

 

その後は就労支援センターを利用して社会的な生活を取り戻すことから始めたいと考えている。

アルバイトすら続けることが困難になってから約7年が経つ。

今更戻ることなど出来るのかと不安でたまらない。

ここが頑張りどころだ。

主治医から「(社会的に)働くなら」という話が出たのは今回の退院が初めてに近い。

数年前、こちらから「働きたい」旨を伝えた際にはなめらかに反対された。

そこに甘えた自分は良くなかったと思う。

過去を悔いることには散々飽きたため加筆しない。

 

「働く」とは「側楽」とも言うと伯母から聞いたのは一昔前のことだ。

側(はた)にいる人を楽(らく)にすることだと。

当時は納得のいかない言葉だった。

肩書き上デザイナーになりたてで、野望に満ち溢れていたからだ。

そばに居る大切な人たちのことなど1ミリも考えていなかった。考えられなかった。

しかしようやくこの言葉の意味を素直に受け入れられるようになった。

そんな伯母は数年前くも膜下出血で倒れ、現在記憶障害のようなものが強く、加齢による認知症のような症状もあり、人格が変わってしまった。

それでもたまに会いに行くと幸せそうにしている。

伯母が健在のうちに社会に出て、自分で稼いだ金銭を使って何か…花束でも贈りたい。

 

社会に受け入れてもらえたとしても、すべては環境次第だという覚悟はしている。