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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

作業療法

約1年前に頼まれた工作をようやく進め出した。

ほぼ丸一日、作業に没頭していた。

明日どっと疲れが出そうで怖い。

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人間の不良品

タイトルは中学2年の時に書いた、人権作文のものだ。

周囲はもっぱら「いじめ」を題材にする中、私はそれを選ばなかった。

髪を赤色に染め、たまに原動機付自転車で校外を走り回っていた1人の先輩のことを指して皆、隠れて「不良」と言うのだ。

学年が違えば詳細なデータも回って来ない時代だ。

彼は明るく、ハツラツとしていて、尾崎豊が好きらしく放送委員では率先して曲を流し、顔立ちも整っていてどちらかというと女子からモテるタイプに見えた。

その程度しか知らない。

 

ある時、同じ部活動仲間でご両親が教師をなさっていた子(当時はそういう認識ではなかった)が、不良は嫌だとさげすみだした。

当時の私は自分の意思を口にすることができる生徒ではなかった。

何故かは断定しかねる。

ただ単純に、自分の言葉が今以上になかったのだと思う。

作文など大の苦手であった。

それでも、あげ足取りは健在だった。

最大の勇気をもってして、彼女に「不良とはどういう意味なのか」聞いてみた。

その回答が「人間の不良品って意味だよ」だったのだ。

今にして思えば答えになっていないが、中学生がたとえば親から教わって納得するにはじゅうぶんな言葉だったのだろう。

その言葉がずっと頭に残り、ない語彙の中で一生懸命考えた作文は大層内容の薄いものになった。

要は人間に不良品などあるのかということをうったえたかった。

 

今でも、病院で新聞などを読んで気にかかる言葉はやはり「優秀な人材」といった言葉だったりする。

何をもって優秀なのか。

誰がそれを決める権利を持つのか。

優秀な人材があるのだとすれば、劣等な人材はどうなるのか。

疑問は尽きない。

 

何らかの分野において抜きん出ていればそれを人々は優秀と呼ぶのだろう。

その分野が社会的に認められる頻度が高ければ高いほど優秀な人材として扱われる。

おそらく言葉自体に他意はない。

言葉を扱う側に絶大な問題を感じる。

それは私が劣等の塊であるからとしか考えられない。

私には何につけても社会という壁がある。

その壁は自ら作っているという自覚もほんのりある。

しかしSNSなどでの何気ない短文、「仕事疲れた」「明日仕事行きたくない」「働く奥さんだから…云々」それらは攻撃的かつ排他的にとらえることしかできなかった。

お仕事ができるなんて素晴らしいじゃないか。当てつけでしょうか。

そういったお門違いな感情を抱いていた。

ちょっとしたキッカケで、ほぼ実際の知人との繋がりしかなく、健全で現代におけるコミュニケーションツールとしては最適であったSNSはすべて退会した。

とてつもなくラクになった。

 

もちろん、中学時代の部活動仲間との繋がりもそこにあった。

現在の彼女から見れば、私は人間の不良品になるのかなぁ。

 

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我慢

強迫観念のようなものをとても我慢している。

そうしないと人を傷付けるからだ。

入院中、我慢できるということを覚えた。

だから今も、これからもできるはずだ。

しなければならない。

非人である身分で人様に口出しできない。

してはならない。

耐え忍ぶ方が比較的よい。

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逆説的自由

自由になりたいとは、誰もが年齢や環境に応じて抱く「夢」であると思う。

何のために素因数分解を学習し、そこに時間を費やすかなど、当時は分かり得ない場合が多いだろう。

自由に遊びたい、自由に買い物をしたい、自由に暮らしたい、自由に生きたい…

では、自由って何ですか。

 

たとえば、みんなで自由にバスケットボールをして遊んでいいですよと言われたとする。

自由に遊ぶ。

そこには既に縛りが生じている。

チーム分けに始まり、ボールを持ったまま3歩以上歩いてはいけない等のルールだ。

誰もがそれを暗黙に受け入れている。

それを守ってこそ初めて「自由で楽しいバスケットボールゲーム」が成立する。

そこに不自由を感じる参加者ははたして何人いるだろう。

決まりごとの上に自由は成り立つ。

成長するにつれ、その決まりごとが大袈裟になっていく。

校則、社訓社則、条例、法律。

 

ルールが及ばない部分には道徳的思考が付きまとう。

この辺りは極めてあいまいだ。

皆がやっているから、自分はやらないのか、

皆がやっているから、自分もやるのか。

 

ただ、偏屈な私は考え事に行き詰まると逆説的に処理する傾向がある。

そうすると自由とは足かせでもあることが見えてくる。

 

逆説的に捉える自由。

「自由に生きたい」というありそうな願望を出す。

これ以上に大変なことなどないと思うのだ。

まず、何処で暮らすのか。

おそらくは地球上に生きるのだろう。

どの大陸のどの辺りで、何をして、何を思い生きるのか、すべて自分で考え、決めなければならない。

そんな時、人類はおのずと「足かせ」が恋しくなるのではないだろうか。

 

 

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はたらくということ

平日の生活に慣れてきたかと思ったら週末。

通常生活(というものがそもそもどんなものかもはや分からない)になるまではまだまだ時間がかかりそうだ。

 

非日常に感じた入院生活も恋しくもなる。

今に比べるとだいぶ不自由だった。

その分、小さなことで気持ちが穏やかになったり、逆も然りだった。

目下、入院しないことが目標であるからなんとかやっていかなければならない。

 

その後は就労支援センターを利用して社会的な生活を取り戻すことから始めたいと考えている。

アルバイトすら続けることが困難になってから約7年が経つ。

今更戻ることなど出来るのかと不安でたまらない。

ここが頑張りどころだ。

主治医から「(社会的に)働くなら」という話が出たのは今回の退院が初めてに近い。

数年前、こちらから「働きたい」旨を伝えた際にはなめらかに反対された。

そこに甘えた自分は良くなかったと思う。

過去を悔いることには散々飽きたため加筆しない。

 

「働く」とは「側楽」とも言うと伯母から聞いたのは一昔前のことだ。

側(はた)にいる人を楽(らく)にすることだと。

当時は納得のいかない言葉だった。

肩書き上デザイナーになりたてで、野望に満ち溢れていたからだ。

そばに居る大切な人たちのことなど1ミリも考えていなかった。考えられなかった。

しかしようやくこの言葉の意味を素直に受け入れられるようになった。

そんな伯母は数年前くも膜下出血で倒れ、現在記憶障害のようなものが強く、加齢による認知症のような症状もあり、人格が変わってしまった。

それでもたまに会いに行くと幸せそうにしている。

伯母が健在のうちに社会に出て、自分で稼いだ金銭を使って何か…花束でも贈りたい。

 

社会に受け入れてもらえたとしても、すべては環境次第だという覚悟はしている。 

気圧変化と懐古主義

退院直後よりは落ち着いてきたものの、風が強いと不必要なまでに不安になる。

何が不安か、具体的なものではなく漠然と。

気圧の変化による体調の不具合をうったえる人は少なくないように思う。

たとえば腰痛、肩凝り、事故の後遺症等。

私も主治医に聞いてみたことがある。

しかしおそらく、医学的にはまだ立証されていないのであろう、関係はないと断言された。

 

中学校で習った天気図など大の得意分野だった。

新聞の天気予報図を毎日切り抜いてノートに貼り、次の日の天気を予想するものだ。

今ではやり方はまったく覚えていない。

 

あの頃は楽しかった良かった、と思うことが多くなったのはやはり躁状態を発症してからだ。

始めは完治したのだと勘違いしていた(当時統合失調症と診断されていた)。

躁という自覚がないからそれはもう大変な事態だった。

何もかも杓子定規な言動、発信。

自分にはなんでも出来るという錯覚。

今にして思えば異常なまでの行動力、仕事に対する積極性。

ほんのり抽象的なものになる。

あまりにも酷くて具体的には書けない。

 

「どう接すればいいのか分からなくなった」という理由で、大切だった友人は離れていった。

 

その友人のことを未だに思うことがある。

友情愛情が憎悪に変わることが多い。

そうした時、強い強迫症状に見舞われる。

気は病から

そんな言葉は既にあるのかないのか知らない。

しかし「病は気から」以上に説得力を覚える。

 

たとえば余命宣告のある病に苛まれる。

すると些細な日常にどれだけの幸せを見出すことが出来るか。

その「余命」の中でどれだけ、自分、あるいは家族のために生きようとするか。

客観的にしか分からないものの、可哀想というより羨ましいと思える。

たいていの日本人が現段階で余命宣告は受けていないだろう。

不慮の事故、天災等に見舞われて命を落とすことは最も悔いが残るに違いない。

何処へ残るのかなんて死んでみないと分からない。

また、自ら命を絶つことに関しては別記したい。

 

我々には余命宣告がない。

 

どれだけ一生懸命生きようとしても当事者にしか最大級に分かり得ないものがある。

それが余命宣告によって生じる「気」であると思う。

 

私が現代において「病」とされている部分は直接的に命に関わるものではない。

だからダレる。

周りは慌てるな、頑張るなと言う。

この風潮も既に古いと感じる。

今だからこそ頑張って生きなければ掴めるものも掴めない。

そう考えるのは極めて躁的思考の私だ。

ユウウツな時でも頭は冴えわたっている。

鬱病の鬱と躁鬱病の鬱は全く違うものなのだと認識したのはついこの頃で、しかし実際、鬱病に似た鬱状態の時期も長く経験した。

見えない病だからこそ救われる。

私はどこまでも ズルイのだと思う。

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グローバル情緒不安定

気分が安定しない。

昨日は物理的に行動することができる状態だった。

昨晩はユウウツだった。

現在は比較的落ち着いている。

一般にこれは「情緒不安定」という言葉で片付けることが出来る。

割と便利だ。

病でもなんでもない、情緒不安定なことは誰にでもあるだろう。

 

精神疾患の歴史を調べてみたいと思った。

インターネットでではない、書物で。

反して同時に調べるまでもないともないとも思った。

GDPに比例するものではなかろうかと、未確認飛行物体レベルに感じたからだ。

発展途上国や内戦紛争の絶えない国では、生きるということ、生き残るということにどれだけの価値があるだろう。

我が国は問題がありながらも豊かすぎる。

だから死に急ぐ。

 

産まれ出る国や地域、貧困の度合いは選べない。

富がありあまっていればある程度成長してから移住なんてこともできるのだろうけど我が国の価値観ではそれを想像しにくい。(留学などとはまた違う)

そもそも英語を話すことが出来れば何処の国でもやっていけるのか。

そんなことはないと思う。

各国母国語がどれだけ根強いものか。

私はまず隣国の言語さえ解読不能である。

母国語ですら適切に扱えているのか不安だ。情けない。

 

無宗教であるものの、旧約聖書バベルの塔の話は好きだ。

現代において、人類が皆、同じ言語を操ることが出来たら。

「情緒不安定」などという言葉は死語であって欲しい。

 

死に至る過程

私はどこか、自分が特別であると勘違いすることがある。

まったく、そんなことはないのだと思いたいし、事実、特別ではない。

では、普通か、一般的かと問うと、そういう気もしない。

いったい何なんだ。

 

何をもって特別なのか、考えることもある。

それを考えるとさして特別ではないと思えるものだ。

どんな人間にも平等に共通すること、それは命が一方通行であるということ。

そこに何らかの障害は誰もが抱えている。

それを大きいと感じるか否かはその人の価値観によるものだ。

 

しんどいと感じる時ほど、生きることを選ばなければならない。

死に至る過程には「生きる」ことが含まれるからだ。

どれだけ崇められようとも、史上、蘇ったファラオなど存在しない。

どれだけ構想しようとも、タイムマシンというものは発明されない。

 

たった1世紀も生きられないような生物が、もがき、あがくことなど到底くだらない。

 

この発想から、何故、生物は子孫を繋いでいくのか、入院中思い切り一生懸命考えた。

結論だけ書くと

子どもに「産んだ理由」を各年齢時、的確に伝えられる道徳が構築されるまで

性行為はしないというものになった。

 

双極性障害は遺伝的な疾患だと聞いた。

健在の母にはそういった傾向はない。

それでも、

自らの都合で新しい命(人格)を産み落とすことに現在の私は強い反感を抱く。

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強迫症状と発信

虚しい。

存在することが虚しい。

胸の辺りが冷たいように感じる。

こういう時、年末までは頓服薬を飲んで寝ていた。

しかし我慢していれば、その時によってかかる時間は違うものの治まるということを発見した。

今は時間だけはある。

もう薬は多く飲みたくない。

冷たくなる頻度が減ってくれれば、きっと動きやすくなる。

ただし抑えが効かない動きはしない方がマシだ。

 

何かやりたいのだけど何をすればいいのか分からない。

だから文字にすがる。

 

躁状態から鬱状態に転じる時期、あるいは混ざる時間、だいたいが眠気は感じない。

たとえば何を考えるのか。

 

私は幼少期から工作ものが好きだ。

だから何か、前代未聞の芸術活動をしてみたいと密かに考える。

出来ると思えてくる。

しなければならないと思い込むようになる。

そうすると想像だけが一瞬で広がり大変疲れる。

当然、その想像が長期間続けば続くほどに疲れは増す。より詳細な部分まで想像はおよぶ。

夢とか希望とかいった類ではない。医学的に指す妄想とも違う。

思い込みを現実だと錯覚するのだ。

これは、一種の強迫症状であろうと医師に言われたことがある。

非人道的なことや犯罪、自傷的なことを具体的に鮮明に思い込むこともある。これらの方が頻繁で厄介だ。

 

ふと、ある時。本当にある時、すべて思い込みなのだと気付く。

ただの想像であるから、実行しなくて済むのだとようやく認識する。

取り越し苦労だったと、壮絶に気がラクになる。

おそらく、今この頃、最も苦しいものは強迫症状だと思う。

どこまでが現実的な想像で、どこからが非現実的な想像なのか、自分では分からないことが多い。

「インターネットで発信すること」は現在の私にとって非現実的らしく、やめた方がよいという助言をいただいたくらいだ。

助言は助言として受け止めて、他者との交流を比較的避けられそうなこのツールを選んで発信している時点で私は真っ当ではないのだろう。

 

…と、文字に逃げている間に胸の冷たさがなくなってきた。

なんでもいい、何かに集中することは良いことだと思う。

 

虚しい時間はただただ、ゆっくりと流れていくだけ。

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