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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

うつの心地よさ

私が通う精神科の受付は午前中までだ。

朝10時半過ぎまでうたた寝をし、なんとか受付時間に間に合うよう到着した。

 

とても元気である、爽快である日、と

何も楽しくない、楽しめない日を、継続することなく繰り返していた旨を主治医には伝えた。

 

私は診察の際に毎回手帳を持参する。

診察の日に4週間分の出来事や気分を振り返ることと、主治医に聞きたいことやその結果を主に記録する。

今回聞きたかったことは混合状態というものがどのくらい続くものなのか、ということと、軽度でもうつと判断してよいのはどの程度の状態なのか、であった。

 

人によっては混合状態が1ヶ月ほど続く人もいるらしい。ただしこの度私はうつに傾いていると診断された。

 

答えは手に持ったままの手帳にあった。

記録を付けているのであれば、躁状態の時とうつ状態の時とでは文字の書き方や内容がまったく違うとのことである。たまたま、こんなことは滅多にないのだが今週2日間は記録を付けていなかった。

確かにその通りだ。

そして服装にも躁鬱は如実に現れるらしい。

これも否定できない。

 

やはり、うつ状態の方がゆったりと話せるのだろうか、聞く耳を持つと捉えられているのだろうか、今日は普段より長いこと主治医と話をしたような気がする。

 

何にせよ、自分のペースを崩さないことが大切だということは毎回言われる。

自分のペースが何たるか、次の見極めはここになるだろう。

課題:体調の安定

体調や気分に変調をきたすきっかけはいくつかある。

それが季節や気候の類ではないと確信したのは昨年の冬を爽快に過ごしたおかげだ。

 

まずどうしても避けられない定期的なきっかけとして月経がある。

起き上がれないほどに眠くなる。周期に乱れはほぼないため予測と危機管理はできるが実際の対策は未だにできない。ピルを考えた方がいいのだろうか。

 

また休日に予定を入れることも望ましくない。

気分転換によかれと思って連日予定を入れてしまうと次の週がまったくだめだ。

余暇を楽しむということの限度を臨機応変に知らなければならない。

 

これは仕方がないことで、予期しないほど大きく悪いストレスを受けることもごくまれにある。この度混合状態に陥ったきっかけだ。

いつ何があってもゆったりと構えられる姿勢でいられるよう心がけなければならない。

 

これらを少しずつでも緩和させていけば、体調の安定に繋がると信じ込んで生きることに取り組みたい。

 

ただし近頃は何をするにしても「楽しい」気がしないことを加筆しておく。

軽躁ならず

明らかに清々しい感覚が2日間は続いた。

4日以上続くと「軽躁状態」となるらしい。

3日目で強烈な眠気に見舞われた。

 

仮に、4日間続いたとして、だ。

その後どう判断すればよいのだろう。

型に当てはめ過ぎては実態はなかなか分からない。それにしても私にはいつになっても知識と柔軟性が少なすぎる。

 

混合状態とはどのくらい続くものなのか、

軽度のうつである自覚はどの程度の症状から持ってよいのか、

せめてこの2点を把握できるようになりたい。

3月30日世界双極性障害デー

いわゆる混合状態(気分は沈み自殺願望が蔓延しつつも何かしら喋り続ける様子)の見極めができず1週間ほど事業所を休んでいた。

私はきっと外出した方が良いのであろうこと、3月30日は世界双極性障害デーという日であることが分かり、また、改めて躁鬱との付き合い方を考えることができよかった。

新たに就労移行支援事業所の捜索もはかどった。

 

「世界双極性障害デー」だという。

割と長いこと躁鬱ライフを送っているが知らなかった。ここの当事者にすら行き渡らない情報である。

そして知る人のみに有益なフォーラム等が各地で開催されていたのだろう。

情報とは武器になる。

情報量の違いで卑屈になることなどない、探せる情報は探せば良いのだ。私がそれをしなかっただけだ。

 

この機会に世界規格のデータもいくつか読み漁った。

1つによると、双極性障害とは身体の病気であるといった認識を広めたいらしい。適切な治療を続ければ確実にコントロールできるのだそうだ。ある意味恐ろしいと感じた。

 

我が国の治療や認識は遅れている方なのかもしれないと思わざるをえない。

しかしながら、発展途上国と比較したらどうなのか、この点は考えるたびに気になる点だ。

 

言語に長けているわけでもないため海外移住は考えにない。

この国で暮らしていくであろう上で、まずは用法用量を守った処方箋のもと、周囲の人間のサポートを受けながら主観と客観の「ズレ」を補正する努力をしたいと思った。

こんなことはこの疾患にならなければ考えもしなかっただろう。

少欲知足

「若いのに大変だね」

 

四月並みの気温と予測される三月の穏やかな日中のこと、精神科病院の外に設置されているベンチに座っていたら白髪混じりの紳士に声をかけられた。

 

「私も23〜24の頃からこの病院にかかっていてね、もう、40年が経つよ」

 

適当な相槌を入れながら話を聞いていた。

紳士は話を続ける。

 

「あんたは、いい顔をしている。いい事をしていれば顔や話し方や表情に出るもんだよ、お天道様も見ているから、頑張れば必ずいいことがある」

 

いい顔をしているかは別として、日和がいいため話していて悪い気はしなくなってくる。

 

「46で結婚して子どもがいて、今は家庭があることが一番の幸せなんだ。ツライ時もあったけとね。こういう…病気って言ってしまっては何だけど、病気を克服した人っていうのは普通の人に比べて特別なんだ、克服してるというだけで、勲章になる。だからあんたも頑張るといい。お天道様は見てるから」

 

今なお週4でお仕事をしていること、2週に一度、劇薬を注射しなければならない病を患っていること、若い頃は漫画家志望で親御さんには心配をかけたことなども教えてくれた。

空や太陽が好きなひとというのは、どうしてこうも瞳がまっすぐなのだろうか、彼の語り口には一変の迷いもなかった。精神の病気を卑下しないところも気に入った。

 

「"少欲知足"という言葉があってね。仏教の言葉なんだけど、欲張らずに小さなことから幸せを感じ取るとか、そういう志のことなんだよ。これはとても大切だと思う」

 

恥ずかしながら初めて知った言葉だ。漢字まで聞き返してしまった。これも、なかなかいい言葉であると感じる。

 

ぽかぽかと過ごしてはいても、そこは病院の待合時間だ。

彼の方が先に診察に呼ばれ、間もなく私も診察を受けた。

正直診察内容以上に、この紳士との会話の方が身になったような気がする。

 

帰り際にまたお会いしましょうと笑顔を見せて去っていったそのひとの、名前を私は知らない。

無力感

脳を酷使したと思われる。

考えて発表すること、まとめる事柄が一日のうちに3件あった。

普段いかに考えないで生活しているかが浮き彫りになった。この程度で根を上げていては話にならない。

あるいは、現在の私の力量で同日に別件を重ねてはいけないのだろう。悔しいほかに何もない。しかしこれが実像なのだ。

 

帰宅してから4時間ほど連続睡眠した。今なお眠い。

朝まで起きずに眠ることができたとすれば、何らかの新しい兆しが見えるかもしれない。

ただしそれは脳を使うことより難しいということは分かりきっている。

開き直るよりも

何とはなしに、私が死ぬことを具体的に想像している。

楽しかった。私の人生の最後の2年は楽しかった。

それでいいじゃないか。

 

不意に、コピー用紙で指先を切る瞬間の記憶がよみがえることがある。

それだけでひやっとする。そんな程度では死ぬ想像たるや、なんの現実味もない。

 

ヒトが高所から落ちたとしたらどれだけの物音がするのだろうか。

いわく付きの建物になっていくのだろうか。

自らの重要な臓器を間違えることなくためらうことなく包丁で刺すことが出来るのだろうか。

どのくらい痛いのだろうか。

あまりの痛さに途中で力が弱くなり致命傷を与えられないのではないだろうか。

よく調べていた、タオルで首を絞める方法はどうだろうか。

角度が大切らしい、苦しまずに死ぬと書いてあるが、苦しまずに死んだ本人の感想であるわけがない。

昔はタバコの吸い殻をよく飲んだものだ。

やはり、ある程度のタール量を煮詰めなければ効果はないのだろうか。

度々繰り返してきたオーバードーズなど取るに足りない。

減薬前の薬であれば意識不明後に人工透析まではたどり着いていたが、結局は病院に運ばれている。

そもそも大量に錠剤を飲み込むことは割と苦しい。

いずれにせよ周りに人がいないことが大切だ。

 

私は気違いだと言って開き直ることなど実に簡単だ。

開き直って非人道的なことを画策するより、難しい事柄は腐るほどにたくさんある。

開き直って何が悪いのだとさらに開き直ることもまた、あまり面白くはない。

 

ただし、用量の範囲内で気休めの頓服薬を追加し再度眠りに就くまで横隔膜式呼吸を意識することの方が今の私には難しいように思える。

良質なストレス

意気込んだものの、睡眠時間の管理は相当困難だ。容易にできるのであればこれまで苦労していないのだろう。この有り様が当たり前だ。

 

先日は精神福祉の学習会にも参加していた。その学習会の中で体験発表をさせていただいた形だった。

保健師の方の講演があり、心身ともに病気になる前に予防することが大切であるといった内容が色濃かった。私としては今以上の悪化を防ぐしかない。(それで眠れないのでは仕方がない)

「気分転換は良いストレス」といったニュアンスの言葉にハッとさせられた。

常日頃、周囲の人々との交流で気分転換や発散がされている実感はある。ただし同時に疲れが出る場合もある。

これはかねてより謎であった。

そもそもストレスという言葉はあまり好きではない。私はストレスを実感することがなく、私自身が周囲のストレスの元凶であると考えていたからだ。

別の文献で、歳を重ねるごとにストレスは増すことはあっても減ることはないという文を読んだことがある。これにはなんとなく共感できた。

 

これは私の考察であるが、良質なストレスも過剰になると、単なるストレスに成り下がるのかもしれない。

 

また、私自身、ストレスというものを実感することから始めなければならないのかもしれないということも考えた。

脳への負荷がストレスと呼べるのだろうか。

仮に現段階でそうだとして、それを軽減させるにはやはり良質な睡眠が不可欠であるなあということを中途覚醒から眠れない未明に入力していては世話がない。

体験発表2

精神福祉のボランティアの方々の学習会にて、「社会復帰を目指している人の体験発表」というテーマのもと体験発表をする機会を頂戴した。

前回の体験発表の場に居合わせた数人のボランティアの方たちからのご依頼であり、こうして発表することが断続的にでもあれば光栄だと心から思った。

前回の発表を聞いてくださったことから同じ内容のものをといったニュアンスの言葉も事前にいただいていたが、テーマと聴者が異なる。

元にある文書をベースに、精神の病気を抱える当事者やご家族向けの内容から一般の方向けの内容に手直しを加えた。

規模も20人弱と小さかったため、割と口語で話すことにした。結果はまずまずであったと思う。大変なご好評は多く頂戴し、あまりに貧相な内容から恐縮であった。

 

ボランティアの方々には日頃から事業所としても大変お世話になっている。

特にお慕いしている方がご事情でお見えにならなかったことが残念であるものの、多くの方々との交流をはかることもできた。

年齢は私の母親世代の方も多くいらっしゃり、ほぼ全員が女性だ。

大変おおらかで、元気が溢れる皆様に囲まれると、自ずと私の気持ちまで開放されたような気がした。

とても和やかな気分で帰宅した。

 

ボランティアなどが出来るほどの余裕は見出せないと思う、ただ、私もあんな風に歳を重ねて行けたらと感じた。

金と引き換えに

生きるためには金がかかる。

 

産まれる時にも金がかかる。

 

死んだ後にも金がかかる。

 

当たり前のことなのにもかかわらず、どこか違和感を持つ。

当たり前のことを受け入れらない側の方がどうかしているということもまた、分かる。