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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

明確な自殺願望

近頃抑鬱状態である。

原因は安定してきているということへの過信、引き金は容量をはるかに超える作業をこなしたことだ。

それで2週間近く動けないのではどうしようもない。

 

安定している、もう大丈夫だと何度も自己暗示と啓発をした。

そのことがかえってプレッシャーになっていたことに気づいた。

 

ああ、そろそろ死のう。

 

明らかな躁状態ではない時にこう考えることは近年まれである。

 

奇声を発したところで、大声で泣いたところで状況は変わらない、今は。

そのうち動ける時が来るのは分かっている。

 

その、そのうちが今はひたすらに長く感じる。

いくつか持つようになった所属できる場所は、私がいてもいなくても何も変わらない。

 

何も変わらないのだ。

 

それならいつまでもいたくはない。

 

近頃の出すぎた行動を戒め、身の程を知るとよい。

安定?=我慢

私の症状は数年前とは比べものにならないほど安定してきている。

 

私は数年前までとは比べものにならないほど常に我慢を続けている。

 

本当は奇声を発したい。

本当は器物を破壊したい。

本当は死のうと思っている。

本当は他人を殴りたいほどに恨んでいる。

本当は今すぐに家を飛び出して暴れ散らしたい。

しかも、すべて心底願っている。

それらを抑え我慢している。抑えようとする努力ではない。

 

これでは安定してきているといえるのだろうか。

我慢に我慢を重ねたらどうなるのだろうか。

体調管理>気分管理

酷暑と呼ばれる暑さが続いている。

つい先日に、熱中症の初期症状と思われる症状に見舞われた。

すぐに浮かんだのは「体調管理も仕事のうち」という言葉だった。

 

これだから日本人は過労死するのだ。

 

しかし浮かび、思い出してしまったものは仕方がない、現在の私なりに必死で体調管理(最低限の熱中症対策)を試みることにした。

そうすると気分観察まで気が回らない。

 

なんとなく、けだるい気がする。

それは暑さに太刀打ちできる体力がないためだ、身体を休めればいくらか回復するだろう。

 

なんとなく、テンションが高い気がする。

それは暑さを吹き飛ばす元気を出すためだ、躁状態とは異るだろう。そんなことよりも今日一日を乗り切らなければ。

 

本格的な夏はこれからというのにこれでは先が思いやられると、冷房と扇風機を駆使した狭い室内で強い眠気に襲われながら文字を羅列させる。

帰宅して随分経つというのに身体はほてり、足先だけはひどく冷え切っている。

その女の末路

約8年前に躁鬱病と診断された女がいる。

 

その女の病状がかんばしくない時とは他の躁鬱病患者の例に漏れず躁状態の時であり、

特に誇大妄想や宗教妄想を強く抱いた時、自殺行為に及ぶことがある。

鬱状態の時には身体を動かすことすらできないことから比較的安全といえる。

度重なる長期入院の観測により1ヶ月未満で躁状態鬱状態を繰り返すラピッドサイクラーであることが判明している。

 

薬物療法の見直しがなされたのは診断後6年目であり、その段階でその女は双極性障害II型と診断される。

 

やはり自尊心の肥大が認められる時、その女は線路にかかる鉄橋から飛び降りる幻想を鮮明に抱くことがあるらしい。

 

 

平成30年7月12日未明、その女は貨物列車にはねられ死亡。

この日は亡き父親の誕生日であったという。

 

 

「火葬のみで構いません、お手数かけますが無縁仏で手を打ってください」

 

 

その女が最後に書いたと思われる文である。

謝罪の真意

謝罪することとは何なのか。

正直なところよくわからない。

 

なんとはなしに私の幼少期の頃のことを母親本人に聞くことができる会話の流れがあったため浮上した疑問である。

 

「いい子の人生」とは過去に記したものの、そのさらなる根本が私の記憶には皆無であった。

幼少期の私は実の親から見ても、とてつもなく我を張る子どもだったらしい。

たとえば理不尽な癇癪のようなものを起こしたりした時、はじめのタイミングを逸してしまうと自ら謝ることがまったくできなかったのだそうだ。

そして母親は「私たちはあなたが本当は自分が悪いと思っているのに謝れないだけだということが分かるけど、しっかり謝れないとよその人は分かってくれないのよ」と諭し続け、父親は「三つ子の魂百までとはよく言うから先々困ることだろう」とぼやき続けたらしい。

 

悪いことをしても謝ることができなかった「意地っ張り」な記憶はほんのりと蘇った。しかしそれを諭された記憶が怖いほどに見当たらない。

 

聞く耳を持たないとはまさにことことだろう。

そのうちに「仮面いい子」が芽生え始めたのだ。

 

「この子は自分が謝らなくて済むように生きようとしているのではないか」

 

両親はそう話し合っていたという。

 

 

考えてみれば酷い話だ。

確かに現在の私は私自身が本当に悪いことをしたと思っていないのにも関わらず謝罪の言葉を発した場合、なんとか因果関係を持たせようとして意味のわからない理屈を立てて私が悪いのだと言い聞かせようとする。

その時はいつでも、内心「果たして私が悪いのか、違うのではないか」と割と長いこと根に持ってしまう。

それでも謝ればことが済む環境に甘んじて謝ることしかしていないような気がする。

 

もちろん、他愛ない会話の中で謝る言葉は出てきて構わないと考える。

適度であればそれらは人間関係を円滑にするだろう。

 

問題は深刻な状況下や社会人的な対応を迫られる時だ。

私はほとんど、心底私自身に非があったと認識しない限り真意のある謝罪をしない。

口先だけで済ませている自覚さえある。

 

そうすると、おおかた私は意見や意思を他人に否定されることを必要以上に拒む傾向が強いのだということを確信するに至った。

 

私を否定するひとは私だけで構わない。

 

そんな持論まで発生した。

どこか特別視しているような、あるいは病的に躁思考に偏っているような気がする。

 

できることなら、道を歩く時には私が存在することを謝りたいと心底思う。

わざわざ私のことを避けて歩いてくれるひとが1日の間にもどれだけいらっしゃることか。ただしそれはできることではないと分かりきっている。

 

この文章を読んでくださっている貴方に心底謝りたい。

貴重な時間をこんなくだらない文章に目を通すことに当てているなんてもったいない。

私が文章を作成しなければこんなことにはならなかった。ただし偏屈な自白に興味がないひとは読むわけがないことは分かりきっている。

 

 

世の中には謝罪を求める人が絶えないような気がする。

果たしてそれらは謝罪の言葉だけでよいと私は断じて思ったことがない。

「早く謝ってほしい」、謝るだけでよいのか。

「土下座しろ」、そうすることで満足されるならいくらでもいたしますが、本当に満たされますか。

 

私は保守的だ。

今までの少ない社会生活において、真意はまったくそうではないのに存在を否定されていると感じてばかりであった。

要するに打たれ弱い。それは何故か。

私がなすことはすべて完璧であると信じて疑わない節がまだまだあるからだ。

 

これだけやったのだから誰からも攻撃されることはないに決まっているとどこか思い込んでいる。

そんな状態への攻撃など、「でこピン」レベルで粉々になる。そこからは逆恨みが始まる。

 

私自身のことがとてつもなく嫌な奴に思えた。

だからといって自己嫌悪にさいなまれているかというと、そうでもない。

 

どこか他人事のように考えが流れている。

数と感情

大きな災害があると大方、その数だけで処理されることに虚しさを感じる。

 

理由はどうあれたとえば親族が一人亡くなったとする。

そこに流れる見えない何かの大きさは計り知れない。

たとえば私の心理はこんなにも昨日までと違う、それなのに何故、街はこんなにも昨日までと同じなのか。

 

その数では計り知れない感情が渦巻いている。

 

それにも関わらず、人間が共有する平等な価値感とは所詮「数」なのだ。

 

便利に使われている。

人は生まれた時も、生きて学んでいる時も、働いている時も、死んだ時にも、数でしか表されないようにできている。

そうしたのは人間に他ならない。

 

感情の幅を客観的に数値化できないことの方が逆に疑問である。

月経時の異常な眠気

薬を変えてからだろうか。

あまり関係がないような気もするが、私は月経が近づくととてつもない眠気に襲われる。

月経痛はほぼない。ただただ、果てしなく眠くなる。

 

このことで作業を休むことも度々ある。

なんとも情けない気分になる。

痛みが酷く出る方や婦人科系の持病がある方は安静にしているのがよいと思う。

 

ただ眠い。それだけで休みを取ることに憤りを感じる。

 

実際のところ自転車の運転もままならないほどに眠気は強い。

運転していて転んだとする。私が被害者になる分には構わない。しかしふらつきながら歩行者にぶつかるなどして加害者になる可能性の方が高い。

それなら歩いて通所すればよいかと考える。

残念なことに、私にとってはこの暑さの中歩ける距離ではない。

 

悔しい。しかしこの金曜土曜に関してはほぼ丸一日眠っていた。

 

眠気をもよおす薬はあっても眠気を覚ます薬は見当たらない。

 

何か得策がないものだろうか。

通常の感情

一日の中で躁鬱の波があると何日か前に記した。

しかしそれは病気の躁鬱とは別物らしいという説だ。

主治医の見解を聞き、一理あるような気がした。

 

5年、10年前のデータと比べ、私が安定して来ていることは明らかだ。

たとえば三日三晩寝ずに精力的に動いたり、深刻な鬱状態になったりするような大きな波がなくなりつつある。

大きな波がなくなったことにより、通常に人間が持ち合わせる感情の波があることに気がつき、一般と比較してどうなのかと不安になっている。

 

主治医はそうとらえているらしい。

 

言われてみればなんとなくそんなような気もする。

 

一般的にどんな状態でどうした時にツライと言ってもよいのかを私はただ、知らないだけなのだ。

 

「周りに気を遣っているのではないか」と指摘された。

途端に診察中に涙が出てしまった。

 

周囲には常日頃気を遣う。

気を遣わなければ、私など意義も価値もないと思い込んでいる節がある。

いっそのこと、気を回すことに快感を得ていたつもりになっていた。

 

しかしどうやら私の本質は異なるらしい。

 

カウンセリングの話も出た。

今の病院ではカウンセリングを行っていないため他を探さなければならない上、費用もかかり、相性を見極めるまでに時間と労力がかかるだろう。

 

何か本当に必要な時のために、調べて知っておくことだけでも今の私には大切かもしれない。

上半期のデータ

近頃の私は安定しているという実感があった。

事実、一昨年以前とは比べ物にならないほど大事は起きていない。

 

しかし実際のところは安定を装っているだけであり、文面で見るとそれは恐ろしい事柄が手帳のメモページに書き連ねられていた。

いくらかの進歩としては、昨年11月に手帳を購入してから毎日、その日の体調や出来事をメモしていることである。

そのメモの内容をなんとはなしに読み返していたら恐ろしかったのだ。

比較的具合が良かったと記憶する1〜2月にも犯罪的な事柄が連なっていたことに愕然とし、私は平生を装っていただけなのだと気付かされた。

 

どれだけ気を張ろうと、どれだけ考えに支配されることが少なくなろうと、私の精神は確かに異常なのだろう。

死んだ時に周囲に与える影響について

初めて身内ではない、一般として葬儀告別式に参列した。

 

考えてみればこの歳にもなって、身内はパタパタと倒れるものの、よそ様の葬儀に縁がなかった。

 

生前、お会いする機会を作れなかった方であった。

しかしとても身近な方である。

情けなかった。

一人で一般参列者席に座ることは孤独であった。

 

見知った顔ぶれに会いたくなり、その日は午後遅れて事業所へ行ったのだ。

その日はよかった。

その後である。

 

私が悲しくなっても仕方がないというのに、と書くと語弊がある。

私など比にならないほど辛い思いをしている方々はたくさんいらっしゃるのにも関わらず、大層深刻に悲しくなってしまった。

緊張が途切れた感覚がある。

 

たとえば私が死んだら、いくらかのひとに事務的な手続きで面倒をかける。

一人の人間が死ぬと最低でも6〜7人の精神状態に深刻な影響を与えるという説を読んだことがある。

 

私の行く末の理想は行方をくらますことだろうか。

 

人が死んだら数にしかなり得ないのだと考える。

その数になるまでのプロセスが、今の私にとってはなかなか残酷である。