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理刹主義-躁鬱病と診断された女-

昭和生まれ、社会生活より閉鎖病棟生活の方が長い。病的被害者ではなく社会的加害者の自白。

無視できない記憶

割と久し振りに、希死念慮の類を無視できない。

こういう時はただただ時が過ぎることをおとなしく待つのだ。

頓服薬に頼る。

 

切っ掛けはやはり読書、文化的事物に触れたことであった。

テーマを自らの記憶に当てはめてしまう。

そうすると、忌々しい記憶が鮮明によみがえり、脳内は話から脱線して私の歴史をたどることになる。

 

ひとつひとつは本当にくだらないものだ。

それらが束になって一気に襲ってくる、といった表現だろうか、なんとなく、無視することができない。

 

たとえば、病状の関係で疎遠になってしまったひとから、もう何年も借りたままのものがいくつか私の手元にあったりする。

それを返さなければと考える。

そのひとたちとの、私にとってはよくない記憶ばかり呼び起こされる。

そしてひととして、ものを借りて返さないことは最低であるという持論から、希死念慮、あるいは私を殺したい衝動につながる。 

呼吸が苦しく、暗い部屋で目を見開く。

文字通り、自分で自分の首を絞めていることが見える。

 

文書にするとなんともあっけない。

 

いくらかラクになったかもしれない。

返さなければならない品は、きっと、何らかの手段で返せばよいだけの話だ。

前にも記したが、過ちは去っているはずだ。

人命を奪うような重罪を犯したわけでもあるまい、現在苦悩する必要はない。

 

考え事がなくなることはない。

考える事は当然のことなのだから。

それらを当然にあるものとして認め、ほったらかすことが現在もっとも望ましい。

 

近頃は割とできていたことだ。

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知識と資格と読書

近頃、作業所に行かない、家事もしない時間をもったいないと感じるようになった。

これまで散々、時間を流してきておいて今更なんだというのか。

 

おそらく、病状は良い方に向かっている。

B型を経て移行支援の利用を勧められている。

そこでふと思い立ったことが、今ありあまる時間を使い資格を取るための勉強をすることだ。(資格を取ることではない)

 

学生時代にいくつか取らされた資格は死ぬほど役になど立たない。

加えて、転職でもなく、開示雇用を目指す者に資格など余程の専門職でない限りなくて構わない。

 

よって、ひととして知識を増やすことを目的とする。

 

しかし昨今、資格など腐り果てるほどにある。

どこに手をつけたらよいのか皆目見当がつかない。

 

結局、書を取り知識を増やすのならば、読書に明け暮れればよいのではないかというところにたどり着いた。

 

読書。

 

私にとって躁転のきっかけをもたらすものの1つだ。…1つだった。

現在は、どうなのだろうか。

何ヶ月か前は明らかに危険であった。

少しではあるが、何かが変わってきているような気がする。

気がするだけに過ぎないことは理解しつつ、知識を持つことはどんな職にも重要である。ような気がする。

 

果たして今後、取り組むことができるのだろうか。

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治すではなく変える

そう考えついたのは元日のことだ。

 

かれこれ2週間以上が経つ。

精神科にかかるようになってから約10年の間で、この発想はなかった。病気、病的な部分を治したいと強く思い続けてきた。

そんな中で、特別に清々しいわけでもない、なんとなくのひらめきであった。

とても気分が軽くなったように感じていた。

 

そのことも踏まえ、ここ1ヶ月の状態を医師に伝えた。

もしかすると、新たな見解をいただけるのではないかと思っていた。

そう思っている時点で、かかりつけの精神科医から見れば程度はどうあれ躁状態なのだろう。

 

現在の私は、生活リズムが安定し、真冬なのにも関わらずあくまで「状態が良い」だけのことらしい。

 

しかし医師の診察自体も、以前に比べれば軽く受け止める、あるいは軽く受け流すようになった。

ああ、そうか。状態が良い、つまりまた悪くなる時がやってくるのか。それはいつなのか。

考えたところで悪くなる時は突如として悪くなる。考えるだけ無駄なことだ。

以前のように深く考察しようとは思わない。

 

これは、とても「いい加減」な状態である。

月並みなたとえでは「良い加減」とでもいうのだろうか。

しかし後者ではなさそうな気がする。

 

近頃の私は私自身に対して極めていい加減である。

 

ほんの1、2ヶ月前に緻密に考えを巡らせていたことが信じがたいほどだ。

きっと、今こうしていい加減であったことが信じがたくなる時が来るのだろう。

そういうことにしておけば、「その時」に少しは安心であると思う。

虚しさと平凡

なんとなく、本当になんとなく、おそらく悟りの片鱗を想像するようになってからである。

私における全体的なものごとが虚しく感じるようになった。

 

ただし、過去にあったような失望感、倦怠感、強迫観念、希死念慮などとはまったく違う。

虚しい中で、前向きなのだ。

 

ああ、また考え事をしている、くだらないなぁ、そんなことより何か少しでも今を面白くしよう。と、したところでどうにもならないが、別にそれで構わない。

 

そんな発想になる。

「虚しい」という表現では厳密には誤りなのかもしれない。

 

先々について楽観視しているわけでもない。

つい先ほどまで、明日、肉親が亡くなるのではないかと考えていた。

ああ、いつ死ぬかの問題だな、とただ思った。

実際に今そうしたら私はどう行動しよう、などと比較的冷静に想像する。

想像したところで、この想像は無駄であるなぁなどと考えを放置する。

 

軽い躁状態といった表現が相応しいような気がしてきた。

ただし、躁状態にしてはものごとが楽しくはない。

やはり虚しい要素の方が強い。

 

これはどうしたことか。

 

よく分からないが、これはこれでこのままにしておけばよいと思うことで終わる。

 

前回記事を書いた頃より先に特別、悟りについて学んだわけでもないし、悟りたいと考えるわけでもない。

思考はただ勝手に流れている。

真冬に身体が割と動かせることも珍しい。

 

私にとっては新しい冬である。

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過ち去ってうつつに在り

年末年始にかけてまともに自宅にいることが久しぶりである。

体調を崩したり、強制入院したりすることが多かった。

 

冬場に弱いことは分かりきっている。

そこをある程度、事前に対処できるようにならなければ話にならない。

 

変調をきたす原因として、過去に交流があった友人知人との良くない思い出や出来事に関係することが多い気がしている。

なんとも小さく虚しいこだわりだ。

 

中には「あの頃はよかったなぁ」などとサラッと受け流せる事柄もある。

そうでない場合、私自身がその友人知人に深く執着しているのだと考えついた。

 

反して彼女らにとって、私はどうでもよい存在なのだ。

 

そのことを受け入れ、今ある場所で私なりの人間関係を保てばよいだけのことだ。

過去の私を否定されたところで、本来、現在に支障はないはずである。

それをどうにかして常時考えずとも構えられる、無意識にできるようになることが目標だ。

 

たとえば軽々しく浮かぶことを挙げるなら、彼女たちの実名を連ねた直筆の文書を遺し首を吊るというものがある。

私はあなた方を怨んでいる、そのことを命を投げながら伝えたところでどうなるのかという想像をする。

 

その想像自体に何ら意味がないことに気がつく。

 

なぜなら対象の反応を、私が確実に見られる保証がないからだ。

自殺未遂という行為が希薄になっている。

死ぬことを前提にするなら、どんな行いにも意味がない。

たとえ彼女たちの中のひとりにでも生涯に渡り何らかのダメージを与えることができたとしたところで、それに苦悩するその人物の状態を拝めないことでは意味がない。

以前に誰一人として苦悩などしないだろう。

 

 

「過ちが去る」と書いて「過去」になる。

すべて過ちなのだ。

 

過ちを積み重ね続けてようやく「現(うつつ)に在る」ことができる。

 

なんとなく、今まで私は過ちのみに苦しめられてきただけのような錯覚をする。

いくら過ちを償おうとしたらところで、償いたい対象との在る場所の違いによりその手段すら見当たらない。

うつつに苦しむ方が、生き物として魅力的なような気がする。

悟りのはなし

親族の中に10年以上、日常的に座禅をしている者がいる。

彼自身が悟りを得ているわけでは決してないし、覚えたわけでもないと言っていたが、何やら野望があり、社会学的な観点から研究しているらしい。

その話が大変興味深かった。

 

既にお亡くなりになっている、とある風変わりな住職さんの話から始まった。

その住職さんは、話によると完全に悟りを開いていたらしい。

「野鳥や野生のタヌキなどに人間扱いされない」、「草木と会話をする」といった、私の言葉でたとえるなら「特殊能力」をお持ちだったそうだ。

そして集う人々のどのような悩みもたちまちに聞いてくださるという。

私は一度だけ、親族に連れられかの住職さんにお会いしに行ったことがある。

ただし体調がすぐれなく、最後までお話を聞けることはなかった。

精神の病気ということをどこまで具体的に伝えたのか分からない。

それでも、そういった類の悩みであれば、自分で治そうという気にならなければ治らない(戻らない)と後におっしゃっていたそうだ。

その手段のひとつとして、座禅で無心を探すこと、考えを放ったらかしにする時間を持つことは効果的であるらしい。

 

ひとことで座禅といっても数々の宗派がある。

当てはまるものや、限りなく真理に近いものを探し出すことは到底容易いことではない。

その中でほんの少し悟りを知る切っ掛けを得ることができれば楽しく生きることができるのではないかと私は考えた。

悟りとは、平たく表現すると無心になること、自身がなくなることだという。赤子帰りだともいっていた。

とてつもなく人間離れすることになるが、それが本来の姿であるらしい。

 

話を聞くうちに、私などのほとんど必要がない存在ならば出家をするのも悪くないのかとほんのり考え出すほどに興味深かった。

そう考えた後、人間臭く在る方が魅力的だなぁなどといったところに落ち着く。

 

私は悟りたいわけでも尼になりたいわけでもない。

しかし、医者に頼るのではない、胡散臭い話は胡散臭いと認識しながら、社会生活を営み、「ゆたかなこころ」を持てればよいのかと思う。

私という存在はここにたまたま「ある」だけで、今こうして機械を使って言語を打ち込んでいる風景もたまたま「見えている」ように感じるだけである。わけがわからなくなってきたが、理屈や言語が先に立つものではないというのだからしかたがない。

 

そもそもが仏教とは宗教ではないらしい。

では何なのかとしたところで、私の持つ言葉では説明ができない。

 

ただ、個人主義にこだわる私自身がとてつもなくどうでもよいと感じた。

 

ちなみに通夜に口語で聞いた、現代の日本においてもっともポピュラーな仏教の死生観の話に対しては、私は個人的に腹立たしくて仕方がなかった。

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死を恐れるのは人間だけ

仮に、ひとには感情があるから死を恐れるのだとする。

そのため古くから人々は、故人にはせめて死んだ後にはよい思いをしてもらいたい、本人が、死んだ後にはラクに存在したいと望むのだ。しかも永久という恐ろしい年月を。

 

それらはすべて妄想に過ぎない。

 

 

反して、本能が死を恐れるという考えがある。

人類となる頃より以前から、生物は突如として不平等におとずれる「死」を野生的に恐れてきたらしい。

しかしそれは長続きしない。

すぐさま偶像を崇拝したりする感情に踊らされ始める。

 

現代の生物にはどちらが当てはまりやすいのだろうか。

 

私はどちらかというなら、本能が死を恐れるのだと考えてきた。

 

たとえば突如、天災にみまわれ、隣人が命を落とそうとしていたとしても自らの必死の命をかけてまで助けるひとはどのくらいあるのか。

 

 

 進化の過程で、順序をたどってしまったのだというところに落ち着く。

もしくは視点が異なるだけで、内容は同じだ。

本能だけで生きていた人類が感情や精神を重んじるようになり、偶像崇拝、極楽浄土などの道が定着していった。

 

歴史の教科書の簡略版に過ぎない。

 

問題はどちらの視点に重きを置くかだ。

 

感情がなければ死を恐れない。これは私にとっては圧倒的に魅力的な悟りの片鱗だ。

 

魅力的、などと欲を表す時点で感情的であるというオチになるだろう。

どことなく質素に見えて、その内は大層豊かな「無心」というものを操作できるようになりたいと、欲を持ち始めた。

死別

親族が他界した。

母には兄弟が多く、その分おそらく、私は同世代の者より現時点で多く近親者の告別式に立ち会っているのではないかと思う。

立て続けになることも少なくなく、それの一番はじめは実父だった。

 

たまたまである。

近頃私は死ぬ意志を誰かに打ち明けたくて仕方がなかった。

ノートには「死ね」「死にたい」などの文字が書きなぐってある。

ただひとつ、もう半月で終わる今年を入院のない年にしたいというギリギリの意地で誰にも言わずにいた。

 

まずはじめに、代わってさし上げられたらと切望した。

 

その次に、しばらくしてから故人に対するさまざまな思いが巡ってきた。

 

そして現在、気が張っていると書けば聞こえはよいかもしれないが、妙なハイテンションだと自覚している。

 

身内が亡くなる度に、私の、たとえば心や精神は18歳の冬で止まったのではないかと明確に錯覚する。

知識や思考はいくらか身についてきた。

葬儀の相談等も慣れはしないが意見を出せる立場になり、不測に備えてゆったりと構えることができる(それは慣れなのか…)。

 

父親が他界した時のことは昨日のこと、つい、たった今のことかのように覚えている。

 

5限は私が好きな美術の授業だった。

製作に少々手間取り、片付けが遅くなった。どうしても思い通りになるところまでデッサンを仕上げておきたかった。

帰り道、いつものコンビニで飲み物と菓子を買い、駅前のベンチで一服していた。

 

雲ひとつない真っ青な空だった。

 

美術の片付けが長引くことはよくあることで、寄り道をすることは日常だから気にしない。

 

 

自宅に着くと母親と入れ違いになる。

病院から連絡だという。パートを早退してきたらしい。私にも来るようにと残して母親は大急ぎで病院へ向かった。

 

私は、父親の元へは見舞いにすらほとんど出向いていなかった。

病床の父親が言ったのだ。もう来るなと。

たった一度だったのかもしれない。わからない。その言葉はお前の顔は見たくないと、誇大されていた。

 

久しぶりの病棟で、病室も分からない親不孝者ぶりである。

たまたま通ったドアの閉まった病室から母親の叫び声が聞こえた。

動けなくなった。

 

 

 

 

私は父親の死に縛られている。

故人を偲ぶべきであろうところ、なぜ、こんなにも鮮明に父親の最期の日を思い出しているのだろうか。

 

あの頃からだいぶ経つ。

命日は来月であり、また誰かを連れて行くのではないかと、誰にも言えず、心から怯え、憎んでいる。

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物語と現実の交錯

死にたい

しかも動ける

 

この類の妄想は今年の間に何度もあった。

 

たとえば私が死んだら、私は英雄になるかのように強く思う。

 

今この刹那、その思いが果てしなく強い。

 

対策として頓服薬を3錠飲んだ。

気だるさと眠気をもよおすものだ。

しかし今夜はいくらでも飲みたい。

意識を失うまで飲み続けたい。

 

 

物語はいい。

どんな人物の心理も醜くも美しくも表現できる。

ただしその人物が真に受け止める感情などその架空の人物にしか分かり得ない。

そこを読み手が「想像」することで物語は分岐する。

 

たとえば私の感情を他人が想像するなら、それは醜いだろうか、美しいだろうか。

 

深く、浮かんだ場面がある。

就労継続支援事業所の職員の方に対し、とても静かな口調でたずねている。

「あなたは外からの刺激がある度に死にたいと思うことはないのですか」と。

 

しかしそこは精神科の診察室でもカウンセリングルームでもないということを把握する。

お門違いな問いかけは虚しく、相手を困惑させるだけだという想像に収まる。

 

私はどうしたいのだろう。

眠らなければならない。

深く、できれば長く、身体が細かく震えているような感覚を無視して、眠りにつかなければならない。

 

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無責任な対話

なんだかいつになく喋り過ぎた。

世間話に過ぎないものの、何事にも気疲れとはあるものだとしみじみ感じる。

実際、半分以上は頭が動いていなかった。

 

そんな中で、私は複数の人間と交流を持っていったほうが良いだろうという提案をいただいた。

軽く受け流してしまったが、ありがたくもあり、ユウウツでもあった。

必要以上の人数のひととは関わりを持ちたくなくなっていることに気付かされた。

それは再び玉砕することを恐れるからであると考えられる。

ひとと深く関わり、新しく友情などを育むことを想像すると、なんだかもうそれだけで死んでしまいたい。

 

人々と関わりを持たなければならないくらいなら、死んでしまいたい。

 

比較的明確な自殺願望のビジョンだ。

 

私は人々と関わりを持つことを切望してきたはずだ。それなのに、やはり気疲れが効いているのだろうか。

 

引きこもっていれば外に出たくなり、外に出ていれば引きこもりたくなる、極端な「無い物ねだり」なのだろう。

同じように、生きていれば死にたくなるのだから、死の想像、および妄想が鮮明になれば生きたくなるはずだ。

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